• 宮崎 勇気

(4)“強く願う” ④


3.人間大事の経営

2)人間の本質を活かす-「すべては心の持ち方次第」「自分の心を使いこなす」

(4)“強く願う(強固な信念になるまで)”④

 松下幸之助の経営哲学には、この“信念”という言葉が数多く出てくる。松下幸之助の経営哲学に出てくるすべての概念は、それらを実践して行く上で、自分に繰り返し言い聞かせて“強固な信念”のレベルにまで“高める”というプロセスが不可欠だからである。つまり、それらを“心から信じること”が欠かせないのである。

 この点、松下幸之助は、「信ずる心がよい結果をもたらす」として、次のように述べている。曰く、「およそ疑ってかかるより、物事を信じていくことのほうが、結果から見て得るところが多いと思います。

 ただ、何を信じるかは、よく検討吟味し、十分に“理解”した上で、“選択”しなければならない。そこで、“理解”の重要性を強調して次のように述べている。「ただ信ずる、信仰する、だけでは正しい成果をあげることはできません。ほんとうの正しい信仰の心持ちを生かすには、一方によき理解、よき判断、よき認識というものがなければならないと思うのであります。つまり、信ずる心を高めると同時に、それと併行して理解を深めていかなければならないと思うのであります。

 事業経営において、自身の経験から一応考えとして成り立ち、しかも自分自身に役立つと思われる“心の持ち方”を集大成したものが、松下幸之助の経営哲学であった。それ故、それらは、松下幸之助自身が経験に基づいて、既に十分に吟味されたものと言ってよい。従って、後は、その意義を良く理解した上で、自分の信念として選択し、“強固な信念”に高めることが重要である。

 この点、単にそれを頭で理解し、知識として身に着けているだけで、それを心から信じていなければ、考えも行動も変わらない。単なる知識のレベルでは、未だ潜在意識に新たな回路(プログラム)が形成されておらず、たとえ顕在意識で、それらを実践しようと“決意”したとしても、“従来から自分の持つ異なる信念”の方が作動して、それに沿った考えや行動が生み出され続けるからだ。禁煙やダイエットの例を思い出していただきたい。その結果、松下幸之助の経営哲学を実践したことにはならず、その本当の効果は得られないし、従って、その真価もわからないのである。この点、「しかし、理解が高まっても、もし心に疑いの念が強いと、物事は容易に実行に移せないのであります。」と松下幸之助は言う。

 これに対して、“心から信じる”ことによって、潜在意識のレベルに新たな“信念”という回路(プログラム)が形成され、“従来の自分自身の信念”と置き換わる。その結果、それらの新たな“信念”が、“従来の自分の信念”に代わって、無意識の内に自動的に自分の“考え”として現れ、それが“行動”として表出してくるのである。

 このような意味で、松下幸之助の経営哲学を真に実践するためには、提示されている夫々の概念を“自分自身の強固な信念とする”いわば信念化のプロセスが欠かせない。また、それが人間が“心の弱さ”に打ち克つための一つの方法にもなっていると言える。

 松下幸之助の経営哲学について語られる場合に、実はこの“信念化する”というプロセスが見過ごされていることが多い。この点、松下幸之助は、次のように述べている。曰く、「経営理念というものは、単に紙に書かれた文章であっては何にもならないのであって、それが一人ひとりの血肉となって、はじめて生かされてくるのである。だからあらゆる機会にくり返しくり返し訴えなければならない。」(「実践経営哲学」p.79)

 ここでいう「血肉となる」とは、自分の身体の一部になる、即ち、先に述べたように潜在意識の中に“信念”として新たな回路が形成され、それが自然に考えや行動として現れてくる状態を言うものと考える。

 そのような「血肉となる」ことの効果として、例えば、「衆知を集める」ということについて、松下幸之助は、次のように述べている。曰く、「衆知を集めようと思えば、やはりまず、“衆知を集めたい”という気持ちを強く心に持つことです。そういうものが心にあれば、それはその人の態度物腰にあらわれて、おのずと衆知が集まるようになってくるものです。」(「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」p.69)それを自分の“信念”とすることによって、無意識のうちにそれに沿った考えと行動が現れてくるということを、松下幸之助は、体験的に感得していたと言えよう。

 では、どうすれば、“強く願い(う)”、あるいは、“強固な信念”とすることができるのであろうか?

 この点、松下幸之助は、願う対象が、“公のため”であり、“正しいこと”である場合に、“強く願い(う)”ことができるという。「私に儲けるものであれば弱いのです。公に儲けるのだから非常に強いものがそこに生まれてきます。・・・公の立場で考えられるから、そこに非常に強いものがあると思います。」(「社員稼業」pp.92-93)

 自分のためという“私的欲望”から「世の為人の為」という“公的欲望”に転換し、それを“自分の使命”として持ったとき、「世のため人のため、なんとしてもやらなくてはいけない」と“強く願い(う)”ことができるのである。

 それはまた、“正しいこと”でもあることから、“強固な信念”とすることができる。曰く、「そうした自分というものを捨て去って、何が正しいかを考え、なすべきことをなしていくところに、力強い信念なり勇気が湧き起こってくるといえよう。」(「指導者の条件」p.77)「その信念はどこから生まれるのかというと、“何が正しいか”ということを自問自答するところから生まれてくる。衆知を集めて正しさを追求するところから生まれてくる。どんなに頭のよい人でも、自分のやっていることがあやまっているとか、よくないことだとなれば、自信はもてないであろう。だから自分のやっていることは正しい、という信念を持たなければならない。正しいからこそ人にもすすめる。そして、ぜひとも人を説得しなければならない。そうすると、これは説得できる。説得できるから、事を進めていくこともできる。企業の経営にしろ、お互い人生の経営にしろ、また大きくは国家の経営を進めていく上においても、こういった何が正しいかということが基盤にあってこそ、よりよい姿において力強く進めていくことができるのではないだろうか。」(「人を活かす経営」pp.227-228)

 このように松下幸之助は、「公の立場で考えること」「正しいこと」が強固な信念を持たせてくれると考えた。そのことは、顕在意識のレベルにおいて、それを納得し易い、つまり、顕在意識の賛同を得やすいという意味と理解することができる。換言すれば、それらの要素は必ずしも不可欠のものではなく、それらがなくとも、信念とすることは可能であると考える。

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#強く願う

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