• 宮崎 勇気

3.8)人間大事の経営(まとめ)⑤


3.8)人間大事の経営(まとめ)⑤

 次に、「お客様大事の心に徹する」という考え方も、私たち人間の“心の弱さ”を克服することが最大のテーマである。私たちは、誰もが“自分が一番可愛い”ものであり、自分自身の利害や感情、成功体験などの“私心”にとらわれがちで、自分たちの利益や都合を“お客様の求めるもの”よりも重視して事業を行ってしまうという“心の弱さ”を有しているからである。それを克服しなければ、“お客様の真に求めるもの”を提供することはできず、事業の成功はおぼつかない。

 それ故、松下幸之助は、「経営の心得」3か条の第一として「経営といい、商売といい、これ皆公事にして、私事にあらず~商売は常に公の心をもって行い、いささかも私心をはさまざるよう心がくべし」と述べている。

 松下幸之助が現に目にしてきた、事業に失敗した多くの経営者たちに、そのような“私心へのとらわれ”とそれに起因する独善的な事業経営の姿が見られた。“私心にとらわれ”ると、自分の利益になることや好きなことにのみ関心を持ち、それらに関連する情報ばかりを集めて(“焦点化”)、それらを優先的に行う反面、それ以外のこと、例えば、“お客様”の利益や求めるものは、関心事項から外れて見えなくなる(“削除”)か、自分たちの都合のいいようにそれを歪めて(例えば、それは重要ではないと)解釈し(“歪曲”)、決めつけてしまう(“一般化”)。その結果、独善的な商品やサービスを開発したり、独善的な売り方をして、製品を買うか買わないかの最終的な決定権を有している顧客の求めているものから離れて行き、次第に顧客の支持を失っていく。

 しかも、このことは、経営者に限らず、私たちは、それ故、会社の中の部や課などの組織や社員個人などあらゆるレベルで“私心へのとらわれ”という現象は見られる。そうなると、その組織や一人ひとりの社員の事業活動がお客様の方向に向かず、自分たちの利益や都合を優先することとなってしまう。

 そこで、松下幸之助は、「感謝の心、謙虚な気持ちを忘れない」ことによって、自分の不平不満などの問題を解決し、ベクトルを“お客様”という外に向けて、「相手の立場に立って考える」ことによって、“私心”から離れて、“お客様”に成り切って、その気持ちや真に求めるものを把握し、あるいは、推測して、その要求を満足するものを作り、提供することによって「人々の役に立つ」こと、その上で余計な機能を外し、コストを削減するために知恵を絞って、“適正な価格”を実現するとともに、“適正な利益”を確保し、“事業”として成り立つようにする、つまり「収支を立てる」ことを実践せよ、松下電器が将来如何に大きくなっても、そのような三つの意味を有する「一商人なりとの観念を忘れず」と戒めたのである。

 また、松下幸之助は、先述の「経営の心得」3か条の第三として、「御得意先大切に存じて謝恩の念を怠らず、その繁栄のため常に粉骨砕身するは、これ社会報恩の第一歩なりと心得がくべし」と述べている。

 仕入れ先や販売先などの取引先との関係において、自社だけの利益を最優先して、毎年無理な要求を一方的に押し付けるような経営をする企業が時に見られる。しかし、このような一方的な取引のやり方は、取引先も一時的表面的には要求に従い、利益が上がっても、取引先も“人間”であるから、その反感を買い、真の信頼関係は築けないし、そのような一方的な関係は長続きしない。また、いざというときに、取引先から“心からの協力”は得られない。

この点、松下幸之助は、取引先との“共存共栄”を目指し、双方が共に利益を分かち合うことのできる解決方法を模索し、真の永続的な信頼と協力の関係を構築しようとしたのである。現代は、単に個別の企業同士だけで競争しているわけではなく、仕入先や販売先を含めたサプライチェーン全体として競争していると言える。とすれば、自社だけが潤い、取引先が弱体化していくようなやり方は長期的に見れば得策とは言えない。松下幸之助の“共存共栄の精神”は、取引先も“人間”であることを踏まえ、“人間のための経営”によって、ビジネスパートナーである取引先の力を最大限に引き出す方法であると言えよう。

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