- 宮崎 勇気
(2)一商人なり③“感謝の心”“謙虚な気持ち”を忘れない⑤
(2)一商人なりとの観念を忘れず:
③“感謝の心”“謙虚な気持ち”を忘れない ⑤
ただ、このように自力で意識の焦点を切り換えて“足るを知る”ことのできる人はそう多くはない。ごく普通の社員は、自分の中に社会や会社、あるいは、家族などについて何らかの不平不満や悩みを心に持っている場合には、そのことが常に頭から離れず、意識の座を独占し、なかなか素直に“感謝すること”ができないものである。不満や悩みの原因となっている自分の問題に“とらわれ”て、感謝すべきことを含め、自分の問題以外のことは、認識から“削除”され、あるいは、「重要でない」と“歪曲”され、無視軽視されてしまう(“一般化”)からである。それ故「人々の役に立つ」ために、色々と知恵と工夫を働かせることは、全く眼中になく、その余裕もなく、それに必要な情報も集まらないから、事実上不可能である。
従って、「人々の役に立つ」ためには、それを実際に行う主体者である社員自身が、自分の中の個人的な問題を既に解決済みであるか、若しくは、それにとらわれることのない状態(必ずしも満足している必要はない)、即ち、一応「衣食が足りている」という心の状態を維持していることが、どうしても必要なのである。
つまり、「人々の役に立つこと」が秘訣だとしても、それを実現するのは社員である。従って、その主体者である社員一人ひとりが、それに専念することができるような一応衣食の足りた環境や心の状態にいるということが、その前提として必要である。それ故、松下幸之助は、「一商人なりとの観念を忘れず」の三つ目として、「感謝の心、謙虚な気持ちを忘れない」ことを必要としたのである。先に述べたように、「感謝の心」が、自分の中の問題を解決して、外のお客様に向かって、感謝の気持ちを表現して行こうとするベクトルを生み出すからである。
それ故、経営の上においても、社員たちが、「人々の役に立つ」ことに専念することができるような“環境”や“心の状態”に如何に持っていくかということが、経営者にとって経営の重要な課題の一つでなければならない。具体的には、社員の意識の座を独占してしまうおそれのあること、例えば、“将来の不安”などを無くすことが重要である。勿論すべての個人の問題を企業が解決することなど到底不可能であるが、少なくとも経営者が、そのような問題意識を持つこと、そして、実際に多くの社員に共通の主要な問題を解決することが、“経営”の一部でなければならない。
換言すれば、会社が、従業員が“人々の役に立つ”ことに専念できる“環境”を作るということは、必ずしも“金”や“物”だけによるわけではないということだ。それは、“会社の姿勢”を示し、それに向けた“真摯な取り組み”を行うということである。例えば、老後の不安を解消するための施策や女性の仕事と育児の両立を支援する仕組み、あるいは、親の介護と仕事を両立できる仕組みなどである。そのような会社の姿勢が従業員に伝われば、従業員はそのような会社の姿勢に応えようとするのである。
フィリピン松下の再建を託された松下幸之助の右腕であった高橋荒太郎元会長が、同社の社長として赴任して真っ先にやったことは、従業員が日々使うトイレをきれいにすることであった。従業員は大いに喜び、その後の高橋氏による経営改革において、従業員たちの真摯な協力を得ることに成功したのである。
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