• 宮崎 勇気

(2)一商人なり③“感謝の心”“謙虚な気持ち”を忘れない④


(2)一商人なりとの観念を忘れず

  ③“感謝の心”“謙虚な気持ち”を忘れない ④

 “感謝の心を持つこと”には、もう一つ重要な働きがある。

 先に述べた通り、“我執”への“とらわれ”から抜け出し、“私的欲望を公的欲望に変える”ということが、松下幸之助の経営哲学の中核の一つであり、その第一段階である“とらわれ”から脱却する上で“鍵”となる“心の持ち方”“とらわれない素直な心”であった。そして、上に見てきたように、ここで採り上げた“感謝の心”“謙虚な気持ち”というものもまた、“とらわれない素直な心”と同様の機能を有し、“我執”への“とらわれ”から抜け出させて、心を自由でオープンな状態にするという機能を果たすものであると言える。

 すなわち、先に述べたように、「感謝の心を持つ」ことで、“自分が今既に持っているもの”に意識をフォーカスし、“自分が如何に恵まれているか”ということに改めて気付き、感謝する、そして、それを繰り返し、感謝する力を鍛えて行くことで、今の自分が“十分に満たされている”と再認識することができるようになる。一方で、自分の中の“不平”や“不満”の原因となりうる事象が意識のフォーカスから“削除”され、あるいは、認識されても、感謝の気持ちが優勢となっているため、それらを重要でないと解釈する(“歪曲”)ことによって、自分自身の“不平”や“不満”という問題を“解決”してしまうことができる。この時点では、“私心へのとらわれ”は、解消しているのである。このように感謝の気持ちが溢れてくるようなときには、自分の利害や欲望などは意識から消えているということは、実感としてお分かりいただけるのではないだろうか。自動車に喩えて言えば、どのギアにもつながっていない、ニュートラル・ポジションにある状態と言えよう。これこそが、“とらわれない素直な心”の状態である。

 さらに、“感謝の心”を持つと、それを返したくなるのが人間である。先に述べた“返報性のルール”と言われるものである。通常は、他人から何かをしてもらって、それに返報しようとするのであるが、“感謝の心”を持つと、“既に過去に与えられていたこと”に気づくことによって、直ちにこちらから返報しようとする。こうして、“感謝の心”を持つと、“返報性のルール”から、“感謝の気持ちを外に表現し、報いて行こうとする”、即ち、自分の意識が内から外へ転換され、“私心”が“削除”され、心が開き、“自分自身”から“顧客”や“社会”の方に向かい、報いて行こうとする結果、「私的欲望を公的欲望に」変えることを可能ならしめるのではないかと考える。

 こうして“感謝の心”を持つことは、それによって、“私心のとらわれ”が外れて、自然と“素直な心”になるばかりか、意識を外に向けて報いて行こうというベクトルが強く働くようになる結果、「私的欲望を公的欲望に転換する」ことにつながると言えよう。

 この点、松下幸之助は、必ずしも明確には述べていないが、「感謝の心を持つ」ということは、それにより“私心”などへの“とらわれ”から脱却して「とらわれない素直な心」となり、かつ、「人々の役に立つこと」をやりたいという動機を自然に形成するための極めて有効な手段となりうるものだと考える。

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