• 宮崎 勇気

5)組織の力を最大限に発揮させる(4)“自主責任経営”


5)組織の力を最大限に発揮させる

(4)“自主責任経営” 

 この考え方は、松下幸之助の次のような人間観から来ている。即ち、「人間というものは、仕事を任され、自分たちでやらなければならない、と強い責任を感じたときに、進んで知恵を絞り、工夫を重ねて、大きな力を発揮するものである。」社員に対する“信頼”の上に立って、事業を任せ、責任をもたせるのである。1933年に導入された“製品別の事業部制”は、この考え方を前提としおり、夫々の事業部は、製品の開発から生産、販売、収支の管理までを一貫して担当する独立採算の事業体とされた。この制度により、一つの事業を任された事業部長は、いわば一つの会社の社長と同じ意識と権限、責任を持って大いに知恵と工夫を重ね、その後、各事業が大きく発展していく基礎となったのである。

 一方、松下幸之助の後日の述懐によれば、この制度の生まれた背景としては、自分の身体が弱かったこと、若い頃は週に2、3日は休むことが多かったという事情から、実際問題として、一人では事業経営をすることができず、事業毎に人を決めて任せざるをえなかったことから、自然にそういう仕組みができていったということである。

 ただ、それは前述のように、人間は、人から信頼され、任され、強い責任を感じたときに、自ら積極的に知恵を絞り、工夫を重ねて大きな力を発揮するものだという人間の本質を見事に活かした制度でもあり、それ故に、事業部長のリーダーシップが大いに発揮されて、事業体としてまとまり、組織の力も強化されたと言えよう。

 事業部制の下では、その業界や事業のことが最もわかった経営者によって、また、現場に近いところで経営判断がなされるため、より適切な経営判断が行われることとなり、事業もより大きく伸びるという結果を生みやすい。例えば、最近の事例のように、外部から来て、業界や事業のことがよく分かっていない門外漢の経営者が、現場から遠く離れた本社で事業の実態から乖離した不適切な経営判断をしてしまうということは起こらない。

 また、若い世代に経営者としての経験を積ませる場を提供することによって、次世代の経営者が育っていくという、いわば“経営者の育成システム”としても機能した。

 松下幸之助の考えた“自主責任経営”は、相手を信頼して事業経営に必要な一切の権限を与える一方、それは、その名の通り“責任”という厳しさを伴うものであった。つまり、自分に経営が任され、自身の裁量によって自由に経営を行うことができる権限が与えられた以上、その自ら行った経営の結果に対して“責任”を持つべきだとする考え方である。先に述べた、松下住設の事例が、松下幸之助の求めたその“自主責任”の厳しさを示している。以下に、当時の実質的な経営責任者小川守弘氏の話から要約する。

 松下幸之助がある時、たまたま近くに用事があったついでに松下住設に立ち寄った。初めは、機嫌良く話を聞いていたが、最近の業績を聞かれて、「90億円の赤字です」と答えた瞬間、顔色がみるみる変わり、「けしからん。1000億円も売って、90億円の赤字とはどういうことや。」と物凄い剣幕であった。「資金400億円は直ちに引き上げる。」と言う。その場で本社の経理担当役員に電話をかけ、直ちに資金を引上げよと指示をしたのだ。これに対し、小川氏は「それでは、明日から困ります。仕入先に支払いができませんし、従業員の給料も払えません。それだけは、勘弁して下さい」と嘆願するが、松下幸之助は、「そりゃ、困るわな。」と涼しい顔で、「それなら、わしが住友銀行の頭取に紹介状を書いてあげよう。それを持って住友銀行に行き、お金を借りればいい。その代わり、ただでは銀行は貸してくれんよ。幸い、この7500坪の敷地は担保に入ってないから、これを担保にして、君自身が納得し、銀行をも納得させられるような改革案を持って行けば、貸してくれるやろう。」と言い放ったのである。

 それから、小川氏は、部課長初めすべての経営幹部を集め、その経緯を話して、「改革案は自分だけではできないから、課単位で作ってほしい。これでうまく行かなければ、倒産だ。」と自ら覚悟を決め、また、社員に対しても同じ覚悟を求めた。それからというもの、部課長を中心に死にもの狂いで3年の商品計画を見直し、技術と営業で徹底的に話し合い、そこから、研究テーマを絞り込んだ。また、品質管理も、それまでのように統計を取るだけではなく、ロスコストを徹底的に洗い出し、それらに対策を立てて行った。こうして、全社を挙げて取り組んだ結果、住友銀行から融資を受けることができ、事業も3年目には6.6%の営業利益が出るようになり、5年後には、8%となった。

 個々の具体的な対策ももちろんあったが、最も有効であったのは、小川氏によれば、松下幸之助が、実際に資金を引き上げたことによって、自分を含めて、全社員の“意識”が変わり、本当の危機意識が生まれたということに尽きると言う。その結果、全社が一丸となって、死に物狂いで一から改革案を考え直し、しかも、それをやり抜くことができ、事業の再建に成功したのであった。この点、松下幸之助は、次のように述べている。「進退きわまったときの人間ほど強いものはない。「やらざるを得ない。これをやらなければ、あす死んでしまう」くらいの気持ちがあれば、たいていのことは成就するものだ。」「今、諸君の場合、まだ進退きわまっていないわけやな。余裕綽々としている。だから、みんなが進退きわまって、そして一致団結してこれをやろうとなったら、もう天下でも取れるわ。」(1983年9月22日)

 それまでの同社の経営者は、資金繰りについては、困ればいつでも本社が貸してくれるというので、独立した会社の味わう本当の苦労を知らなかった。その点で、“甘え”があり、“責任感”が希薄であったと言えよう。それを松下幸之助の「資金を引き上げる!」との一言が、同社の経営者の目を覚まさせ、“自主責任経営”の真の意味を理解させたのである。

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#自主責任経営

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