• 宮崎 勇気

(2)一商人なり③“感謝の心”“謙虚な気持ち”を忘れない①


3)お客様大事の心に徹する

(2)一商人なりとの観念を忘れず:

  ③“感謝の心”“謙虚な気持ち”を忘れない ①

 第三の意味は、「感謝の心、謙虚な気持ちを忘れない」ということである。

 まずここで言う「感謝の心」について、長く松下幸之助の秘書を勤められ、間近に接してこられた江口克彦氏によれば、松下幸之助は、次のように述べている。「商売を始めた頃は、だれでもそうやけどな、もう必死やからな。いっとう最初の製品が売れたときの感激は、言うに言えんほどのもんや。売れるか売れんかわからん。どやろうか。胸も高鳴るわね。そういうときに、うん、買うてあげようということで、お客さんがおいでになる。ああ、ありがたいと。その商品を手渡しするのも、また代金を受け取るのも、手が震えるほどや。店を出ていかれるそのお客さんの後ろ姿に思わず手を合わす。ほんま、ありがとうございましたと、お客さんの姿が見えなくなっても頭を繰り返し下げる。それが商売の原点やな。商人としてのほんとうの姿、心というものや。けどな。店もだんだんとうまく行く。発展する。~やがて大きなお店になる、会社になってくると、次第にそういう最初の感激、商人としてのほんとうの心というものを忘れてくる。そうなってくると、お客様が自分のところの商品を買うてくださるのは当たり前というような、~無意識のうちにそういう態度になるんやね。」「経営者も社員もだんだんと態度が横柄になる。」「これはあかんね。いつもいつも最初の商品が売れたときの、そのときの気持ち、感激、心やな、そういうものを忘れたらあかん。」(江口克彦著「経営秘伝」pp.165-166より)

 松下幸之助は、“感謝の心”「商人としてのほんとうの心」と捉え、それを忘れると、「だんだんと態度が横柄になり、会社としてもいきいきとした活動ができにくくなる」とする。その原因は、大会社になって“安定しすぎる”ことにあると考えて、会社の中に敢えて“不安定な部分”を創り出して行くことが、その対処のための処方箋だとする。(同じく「経営秘伝」pp.167-168)“傲慢”な心を阻止し、“謙虚さ”を取り戻すためである。

 この点、米国においても、1990年代に衰退する企業の4つの特徴として挙げられたことの中に「傲慢、驕り」というものがあった。たとえば、自社技術に対する過信がある場合や国内市場でトップシェアを取っている場合など、自社への“誇り”が“驕り”に変質してくると、自分たちのやることは、当然市場や顧客が受け入れるものと疑わなくなり、あるいは、むしろ受け入れられないとすれば、それは顧客が悪いと責任を転嫁し、自ら変わろうとは決してしない。そして、“市場や顧客が真に求めるもの”に無関心となり、それらに気づいても自分たちの都合のいいように“歪めて”解釈して、無視または軽視し、自分たちの都合で自分たちのやりたいように、つまり、自分たちの利益や効率を優先して事業をやるということになりがちである。

 なぜそのようなことになるのか?

 まずそもそも“依存心”の強い人は、感謝することができない。“感謝する”ことができるためには、前提として、その人に“自律性”が必要である。つまり、松下幸之助の言う「主体的に生きる」ことが前提となる。“本来自分ですべきこと”を他人がしてくれたということに気づかなければ感謝することはできないからだ。これに対して、自己イメージが低く、依存心の強い人は、“誰かが何とかしてくれる”あるいは“誰かが何とかすべきだ”と考えるから、他人からの恩恵も“当たり前”と感じて気づかない。そして、むしろ“自分にないもの”や“恵まれない状況”に意識が向かい、それらは、本来誰かが何とかすべきであるのに、何もしてくれないからだと“不満”を感じ、“不平”を託つ。それ故、意識が不平不満にフォーカスされて、感謝することができない。感謝するためには、まず「主体的に生きる」ことを意識的に“選択”し決意した上て、“他人の恩恵”に意識を向けて気がついていくことが前提として必要である。

 もう一つの理由は、“驕り”や“傲慢”な態度になっているときと“感謝の気持ち”を持っているときでは、いわば違う“メガネ”で世界を見て、物事を知覚し、評価・判断しているからである。

 “驕り”や“傲慢”な態度になっているときには、自分の心の向く先が“自分”の方に釘付けになっており、自分のやり方は正しいのだと正当化する(“歪曲”と“一般化”)のである。その焦点化効果の反面として、社会やお客様など周りの状況についての情報は “削除”され、あるいは、自分の都合のいいように“歪曲”されて解釈され、軽視され、かつ、“一般化(決めつけ)”されて、外の世界や状況を客観的にありのままに見ることができなくなってしまっている。それ故、環境が変化して、従来のやり方では通用しなくなっていても、そのことに気づかない。その結果、環境の変化に適応することができず、失敗する。

 これに対して、“感謝の気持ち”を持っている場合、自分の心の中は、“満ち足りた状態”となり、“感謝”に“焦点”が当たっているから、たとえ自分の前に通常ならば“不平”や“不満”を抱かせるような現象があっても、“焦点”から外れて“削除”され、あるいは、それをむしろ“自分に与えられた試練”と肯定的に解釈することもできる(“歪曲”)。そして、お客様の常日頃のご愛顧への感謝の気持ちから、自分の中の“驕り”や“傲慢さ”は解消され、感謝の気持ちを外に表現して、さらにお客様の要望に応えて行こうというベクトルが強く働く。このように見てくると、「感謝の心を忘れない」ことは、自分中心に考えがちな私たち人間に、全く違う世界を、特に事業や経営をしていく上で不可欠な顧客や社会についての情報を見せてくれるという機能を有するのである。翻って歴史を振り返れば、“驕る平家は久しからず”の格言にもある通り、私たち人間は、何度もこの同じ過ちを繰り返してきた。

 人間は、異なる2つ以上の感情を同時には持つことができないと言われる。常に「感謝の心」とそこから生まれる「謙虚な気持ち」を持っていれば、人は決して“傲慢”になることはないのである。“傲慢さ”は、自分以外のものの見方や考え方を切り捨てて視野を狭くする(“歪曲”)。これに対して、“謙虚さ”は、自分以外のものの見方や考え方に常にオープンになり、視野を拡げる機能を持つ。

 それは、松下幸之助の経営哲学上の他の重要な概念である「衆知を集める」ことや「世間の声を聞く」こと、さらには、「自己観照」「自己反省」につなげる契機を創る“鍵”となるものであると言えよう。つまり、“感謝の心”があれば、“謙虚さ”が生まれ、自分以外の人々や世間の声を聞いてみよう、あるいは、自分を振り返り反省し、変えるべきは変えて行こうという気持ちが自然に湧いてくるのである。

 このように見てくると、松下幸之助のいう「感謝の心、謙虚な気持ちを忘れない」ということには、事業が一時的に成功したときにも、有頂天になり“驕り”“傲慢”になって、視野が狭くなり、失敗するという歴史上くり返されてきた人間の典型的な失敗のパターンを回避するため、「感謝の心」を持つことにより、心を広げ、あらゆる情報にオープンになるような状態を創るという、“とらわれない素直な心”と同様の実践的な“リスクマネジメント”の機能があると言えよう。

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