• 宮崎 勇気

(5)“削除”“歪曲”“一般化”のメカニズムを矯正し、さらに、逆に活用する ①


3.人間大事の経営

2)人間の本質を活かす-「すべては心の持ち方次第」「自分の心を使いこなす」

(5)“削除”“歪曲”“一般化”のメカニズムを矯正し、さらに、逆に活用する ①

 先に述べた“削除”“歪曲”“一般化”という人間の世界モデルの構築とその利用の過程に現れる“普遍的モデリング過程”の3つのメカニズムは、実はそれら自体は本質的に“中立的なもの”であり、それらの“核”となるもの、即ち信念(自分が正しいと考えること)や価値観(自分が重要だと考えること)などの“心の持ち方”がその働く方向を決めており、それ次第で良くも悪くもなるのである。

 松下幸之助は、この“核”となる“心の持ち方”にこそ問題があるのだということを自身の体験から看破していた。即ち、人が自分の利害や感情などの“私心”にとらわれているときには、“私心”を核としてそれらのメカニズムが機能するため、その人の物の見方や物の考え方を“自己中心的”なものとし、自分の損得や好き嫌い、自分にとって苦か楽かという視点のみから、断片的な“一部の”情報を選んで認識し、あるいは目の前の情報を自分にとって都合のいいように“歪めて”解釈し、そして“決めつける”。それらが、結果として、人間の“心の弱さ”を生み出しているのだということに気づいていた。

 それでは、これらのメカニズムが生み出す“弊害”をなくすためにはどうすればよいか?

 そのためには、前提として、自分自身にそのような弊害が現れているのだということに自ら気づかなければならない。ところが、これらの“削除”“歪曲”“一般化”のメカニズムは、無意識のレベルで働くため、自分自身では気がつかないことが多いのである。仮に他人から指摘されても、「そんなことはない」と怒り出す人もいる。自分では正しく物を見、正しく物を判断しているつもりだからである。それ故、私たちには、そのようなメカニズムが常に自分の中で働いているということをまず認識しなければならない。認識していないものに対しては、手は打てないからである。

 それ故、松下幸之助は、人間とはそうしたものだと指摘する一方、“自己反省”“自己観照”を自ら実践し、社員にも提案した。これらを行うことで、一歩引いたところで、現在の自分を外からいわば第三者の目で客観的に観察することによって、自分の行いの良くなかったこと等を“心の鏡”としてそれらを通して無意識のレベルで習慣化している自分の物の見方や考え方とそれらが生み出す自分の“心の弱さ”が垣間見えてくる。それに気がつけば、これからはこう考えよう、こうしようと自分を変えて行くことができるようになるからである。

 そして、これらの人間の弱点を結果として生み出す“削除”“歪曲”“一般化”のメカニズムの“弊害”から免れるためには、その“核”となっている“有害な心の持ち方”、その最も典型的な“私心へのとらわれ”を無くすこと、そのために“とらわれない素直な心”を持つことが重要だと松下幸之助は考えたのである。“とらわれない素直な心”になることによって、“とらわれ”の縛りから解放されて、視野が拡がり、物事をありのままに見えるようになり、客観的な判断ができるようになるからである。

 しかし、松下幸之助は、さらに進んで、それらの“核”となる“心の持ち方”を自分にとって“有益”となるものに置き換えることによって、その“有益な心の持ち方”を“核”としてこれらの“削除”“歪曲”“一般化”の3つのメカニズムを機能させることによって、これらのメカニズムを逆に活用したのである。

 そのため、経営を行っていく上で直面する様々な困難な状況において最も適切な“心の持ち方”を自身の経営の経験から見出し、それらを自身の“信念”とすることによって、それらを“核”としてこれら3つのメカニズムを働かせる。“私的欲望”から“公的欲望”への転換はその例である。“公的欲望”から“事業を通じた社会への貢献”“企業は社会の公器”などの考え方が生まれ、他の章で詳述したように“人々の役に立つ”ことにフォーカスした物の見方と事業活動を生み出し、これらが“強み”に変わっていくのである。このようにして、“自分の心を使いこなす”ことによって、自分の物の見方や考え方を“最適化”して行く。“人間の本質を活かす”ことを徹底して考えた松下幸之助の経営哲学の真骨頂であると言えよう。

 松下幸之助の言う「お互いに人間の弱さを持っている。その弱さをどう生かしていくかが大事なのである。」(「続・道をひらく」p.247)の「弱さを生かす」というのはこのような意味ではないかと私は考える。

 そして、それらの“経営者にとってのあるべき心の持ち方”が、松下幸之助の経営哲学上の様々な概念として結実しているのである。

 それでは、松下幸之助は、これら3つのメカニズムをどのように活用したのであろうか?以下に具体的に見て行く。

 まず“削除”のメカニズムの活用である。

 この“削除”というメカニズムは、自分にとって重要なことに意識が集中して行く“焦点化”の結果として生じるもので、“焦点化”と“削除”は、いわば“コインの裏表”である。そこで、事業経営の上で本当に重要なことに意識をフォーカスして“集中”させる(“焦点化”)一方で、それ以外の不要なこと、あるいは、むしろ妨げとなるものを“削除”し、それらが“心理的盲点”となって見えないようにすることで、余計なことに煩わされないようにしてしまうのである。

 まず“焦点化”のメカニズムを活かし、経営にとって本当に重要なことに“焦点”を絞り、それを“強く願う”ことでそこに意識をフォーカスする。その“焦点化効果”により、いわばアンテナが立って、そこで初めて関連する情報がいわば地引網で引き揚げるように集まってくる。現代のインターネット上には膨大な情報があるが、適切なキーワードで検索するなどして初めて有効な情報が集まるのと同様である。その結果、目指すことを実現する手段や方法は、それらの集めた情報に基づいて、後から生まれてくるのである。この点松下幸之助は、「実現への願いを強固な信念にまで高めるならば、そのための手段、方法は、必ず考え出されてくる」と述べている。

 経営者が意識をフォーカスすべき“正しい方向”を示したものが、松下幸之助の経営哲学の提示する一つひとつの概念であり、それらは、フレームとして機能して、“焦点化”効果を生み、必要な情報を集めてくるのである。例えば、“社会の発展の原動力となること”がそれであり、また、“人々の役に立つこと”、“人々に心から喜んでもらうこと”、“必ず成功すると考えること”、“失敗の原因はわれにあり”と考えること、“人間には無限の可能性がある”と考えること、“人間には誰にも持ち味があると考えること”などがその例である。

 また、そうしてアンテナが立っているから、巡ってくる数少ない“チャンス”をも見逃さないのである。

 その一方で、事業や経営を進めて行く上で不必要なことや有害なことを意識から外して、“削除”する。それにより、無駄な悩みに煩わされることなく、また時間とエネルギーを浪費せずに済む。この点、松下幸之助は、「自分は、ただ世間の求めるところに対して、省みて過ちなきを期してゆけばいいのだ。それ以外のことには心を煩わす必要はない。」と述べている。

 ここで“削除”すべきものとは、“自分の利害や感情などの私心”であり、“利益へのとらわれ”“勝負は時の運”との認識、失敗を他人や環境のせいにする考え、部下をダメな奴とレッテルを貼る考えなどである。むしろ、それらの時間とエネルギーを本当に重要なことに“追加投入”することで、“集中”の効果から、より大きなパワーを発揮することもできるようになる。

 例えば、「お客様大事の心に徹する」と言うことについて言えば、まず“人々の役に立つこと”に意識をフォーカスして考え抜くことにより、必要な情報が集まってくる。そして、いいアイデアが浮かんだら、その上で、次のステップとして「収支を立てる」ことに意識を切り替え、フォーカスしていくことで、収支を立てる上で必要な情報が集まり、そのための知恵と工夫が生まれてくる。この二つのプロセスを同時にやると両者が衝突し、結局“自社の利害”が先に立ってしまい、良いアイデアが出て来ず、うまくいかないことが多い。人の顕在意識の“座”は一つしかなく、人は“並列処理”をすることができない、つまり、二つ以上のことに“集中する”ことはできないからである。しかし、先に述べたように“焦点化”と“削除”をうまく組み合わせて、順を追って一つずつやって行くことで、一つしかない意識の座に“本当に重要なこと”を順次置いて行き、夫々のプロセスにおいて一つの重要なことだけに意識をフォーカスしていくことができる。

 また、例えば、“失敗の原因はわれにあり”というフレームがある。人は、“臭い物には蓋”をしておきたいものであり、通常は“自分の弱点”などできるだけ見たくないし、見ようとはしないものである。それ故にこそ、このフレームを活用して意識をそこにフォーカスして物を見ることによって、初めて“自分の弱点”、即ち“自分自身の内にある失敗の原因”も見えてくるのである。

 このように松下幸之助が“焦点化”と“削除”を実際に活用していたことは、次の言葉から伺える。「商いの原点は、“どうしたら売れるか儲かるか”ではなく、“ どうしたら人々に心から喜んでもらえるか”である。」何に意識をフォーカスすべきかということを端的に述べている。

 また、「どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。いま、現在に最善を尽くすことである。」と述べ、“過去への後悔”や“未来への不安”を“削除”して、現在為すべきことに意識をフォーカスせよと強調している。

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#削除歪曲一般化のメカニズムを矯正しさらに逆に活用する

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