• 宮崎 勇気

(4) 強く願う ②


3.人間大事の経営

2)人間の本質を活かす-「すべては心の持ち方次第」「自分の心を使いこなす」

(4)“強く願う(強固な信念となるまで)” ②

 しかし、現状に戻ることなく、将来の目標の実現の方向に向けることはできないものであろうか?

 この点について、脳機能学者の苫米地英人氏は、自身のホメオスタシス仮説から次のように説明する。生物には、外気温に合わせて自身の体温を一定に保とうとする等の“恒常性維持機能(ホメオスタシス)”、即ち、生体をより長く生きながらえさせるために、生体の安定的な状態を維持しようとする無意識レベルの機能があるが、この機能が“情報空間”にまで広がっていると考え、認知的不協和を無くそうとするセルフ・レギュレーション(脳の自己修正機能)は、無意識における自然で生得的なホメオスタシスの活動であると考えるのである。

 私たち人間は、心の中の無意識のレベルに“信念”の一部として“居心地のいい領域(コンフォートゾーン)”を持っており、これを維持しようとしてホメオスタシス(恒常性維持機能)が働くとし、ホメオスタシスが、将来の目標(ゴール)を実現する方向に働くのか、若しくは、現状に引き戻す方向で働くのかは、コンフォートゾーンがいずれにあるのか、即ち、“目標が既に実現されている将来”にあるのか、それとも、“未だ実現されていない現状”にあるのかによるとする。

 そして、重要な前提事実として、人間の脳には、現実と仮想現実の区別ができないという特徴があるということがある。私たちは、現実の世界を直接把握することはできず、視覚や聴覚、触覚などの五感の感覚器官から入ってきた情報を脳の中の“内部表現”上に再現することによって認識する他ない。即ち、人間にとって、この“内部表現”自体が、“現実”そのものなのである。仮にそれが実際の現実世界とは異なっていても・・・。(前出の神経言語プログラミング(NLP)では、この内部表現を“現実についての世界モデル”あるいは“地図”と呼ぶ。)

 この内部表現はすべて“情報”からできており、“情報”であるがゆえに“書き換える”ことができる。とすれば、他人から内部表現を直接書き換えられると、私たちはそれを“現実”だと認識して行動する。例えば、催眠術をかけられて、氷を触っているのに、“熱い!”と反応することがあるのは、そのためである。また、間接的に内部表現を書き換えるのは、例えば、教育による“洗脳”である。中国の反日教育や日本の第二次大戦後の占領下でのGHQによる平和教育、具体的にはいわゆる“自虐史観”の植え付けを図ったWar Guilt Information Program(戦争の罪悪感を日本人の心に植えつける情報計画)と言われるものである。

 そして、そもそも私たち人間の五感の感覚器官には、“物理的な限界”があるだけでなく、さらに、前述の“削除”“歪曲”“一般化”という“脳の知覚上の制約”があるため、私たちが認識する“現実世界”は、そもそも初めから既に真の現実世界とは似て非なるもの、即ち“仮想の世界”だと言ってよい。そして、夢を見るときに、私たちは、それがまるで現実であるかのように感じるのと同様に、創られた“仮想の世界”を認識する場合にも、“現実世界”を認識する場合と同じ“五感の知覚のルート”を通って間接的に電気信号に変換して認識するため、脳は現実と仮想の区別ができないのである。

 例えば、目の前にレモンがあるとし、それを輪切りにして、ギュッと絞ったところをイメージしてみていただきたい。すると、自然と唾液が出てくる。頭では現実ではないことがわかっていても、映像を思い浮かべるだけで、脳はそれが現実であるかのように生理的反応を起こすのである。

 現実(=仮想の世界)と仮想の世界の区別がないとすれば、何を以て人間の脳は現実を認識するのか?苫米地英人博士によれば、現在の認知科学では、人間が、“臨場感”をより強く感じる方を“現実”と認識するとされている。とすれば、将来の目標と現状のどちらに強い臨場感を持っているかということによって、決まってくるということになる。

 私たちは、通常“現状”に強い臨場感を持っているから、コンフォートゾーンは“現状”にある。そのため、“現状”と異なる目標を掲げてそれを実現しようとしても、常にコンフォートゾーンである現状に引き戻されてしまう。先程の禁煙やダイエットの失敗はその例である。

 顕在意識のレベルでは、“やせたい”という願望を抱いていても、潜在意識のレベルでは、そんなことを気にせずに好きな物を好きなだけ食べることのできる今の状態(太っている現状)がいいと思っている。つまり、潜在意識の本音と顕在意識の願望とは、反対の方向を向いており、両者が合致しておらず、しかも、コンフォートゾーンは、現状にある。この場合には、顕在意識では“やせたい”と思っているつもりでも、潜在意識レベルの本音が居心地のいいコンフォートゾーンに引き戻そうとして、フィードバックが働き、心のどこかで“それは無理だ”という不安や恐れ、“できるだろうか?”という疑い、また“今のままでいい”という抵抗を生じ、それらが障害となって、ダイエットに失敗してしまうのである。

 これに対して、将来の目標が既に実現されているという状況に強い“臨場感”を持つことによって、潜在意識レベルにあるコンフォートゾーンを“現状”から“目標が実現された将来”に移すことができれば、顕在意識の目指す“将来の目標”と潜在意識の目指す方向とが完全に合致することによって、将来の目標の実現について何らの“不安”や“恐れ”、“疑い”、“抵抗”はなくなり、“現状”に引き戻されることはなくなる。

 他方、将来の目標の実現に向けて“そうせずにはいられない”というほど強烈な意欲とやる気に満ち溢れた状態になる。そして、目標が達成されていない現状を見ると、違和感を覚えて、居心地が悪くなり、慌ててコンフォートゾーンに戻ろうとする、つまり、無意識のレベルで自動的に目標達成に向かっていく。

 そして、苫米地英人博士は、この脳の自動修正機能、即ち、無意識のホメオスタシスのフィードバック機能を活用して、願望を実現するための具体的な方法を示している。

 この「ホメオスタシス仮説」から、松下幸之助が言う、自分の願望を「強く願う」ことを次のように説明することができる。

 “強く願う”とは、それを顕在意識のレベルで“ただ願う”だけではなく、“目標が実現した姿”を繰り返しインプットし“現実”以上の強い“臨場感”を持ってイメージすることができるようにすることである。そうなると、それが“内部表現”に書き込まれて、潜在意識のレベルに“信念”として焼き付けられる。そして、それが自分にとっての“真実”、つまり、“既に実現されている”“現実”だと感じ、それが“自分らしい”居心地のいい領域(コンフォートゾーン)と感じるようになる。

 そのようにして、“強固な信念”とすることによって、コンフォートゾーンが“現状の自分”から“将来の目標を実現している自分”に移行すると、それと異なる“現状”を認識する度に、“将来の目標を実現している自分”というコンフォートゾーンから、無意識のホメオスタシス(恒常性維持機能)のフィードバック(自動修正)機能が働き、コンフォートゾーンの方向、つまり、目標を実現させる方向に引き戻そうとする、つまり、自動的に目標を実現させる方向で考え、行動するようになるのだ。

 換言すれば、次のように言うこともできる。即ち、将来の目標を実現した姿を“信念”として“固定”することによって、それが“原因”となって、“現在の姿”を変えて行くという“結果”が生まれる。つまり、“現在の姿が原因となって、将来の結果が生まれる”という常識的な因果の流れを逆転させることが可能となる。“将来”が“現在”を変えて行くのだ。

 この強固な信念に達した願望に対して、そのレベルに到達しない“漠然とした願望”は、未だ顕在意識のレベルにあって、潜在意識レベルでは、依然として“現状”に強い臨場感を持っているから、“現状”の方がコンフォートゾーンとなっており、両者の方向が一致していない。そのためコンフォートゾーンである“現状”と異なる“将来の目標の実現”に対して、強い“不安”や“恐れ”、“疑い”、“抵抗”があり、目標の実現に向けた取り組みを始めても、潜在意識のレベルの居心地のいいコンフォートゾーンである“現状”の方に引き戻されてしまうのだ。

 従って、“将来の目標の実現している姿”を繰り返し潜在意識のレベルに焼き付けることによって、その“将来の目標を実現している姿”に“現状”以上の強い“臨場感”を感じることができるようにすることで自分のコンフォートゾーンを“現状”から“将来の目標の実現している姿”に移行させることが重要だと言うことになる。

 これが、松下幸之助の言う“強固な信念にまで高める”ということの具体的な意味であると考えられる。

 そして、松下幸之助のコンフォートゾーンは、常に理想とする“物心共に豊かな人間社会”にあり、個々の目標についても、常にそれが達成された成功の姿にコンフォートゾーンがあったのではないかと思われる。それは、次のような松下幸之助の言葉から推測することができる。

 「限りない生成発展という自然の理法が、この宇宙、この社会の中に働いている。その中でわれわれは事業経営を行っている。」(「実践経営哲学」p.16)という“生成発展の原理”を前提として、経営者は「必ず成功すると考えること」が必要だとし、「経営というものは、正しい考え、正しいやり方をもってすれば必ず発展していくものと考えられる。それが原則なのである。」(「実践経営哲学」p.54)と考える。さらに「私は、基本的には企業経営はそのように外部の情勢に左右されて、うまくいったり、いかなかったりするものではなく、本来はいかなるときでもうまくいく、いわば百戦して百勝というように考えなければならないと思う。」(「実践経営哲学」p.55)と述べているからである。

 松下幸之助の潜在意識にあるコンフォートゾーンは、常に“成功した将来”にあって、そこに強い臨場感を持っていた、つまり、それが“自分にとっての当たり前の姿”として捉えていたのではないかと思われる。そして、そのような“成功した将来”から“現状”を見ていたのではないか、それ故、現状が行き詰まっているとすれば、その状態が、無意識レベルで、歯がゆくて仕方がないとの違和感(認知的不協和)を感じ、コンフォートゾーンである将来の成功の姿に戻ろうとして、様々なホメオスタシスのフィードバック機能が無意識レベルで自動的に働き、様々な考えや知恵と工夫を生み出して行ったのではないかと考える。

 それ故、例えば“将来の成功している姿”から現在の目の前の困難や障害を見れば、“この困難は発展の転機である”と自然と“前向き”に捉えることができたのではないだろうか?「何が起こっても、生成発展の一こまやと思うたら、恐れるものはありませんわ。」という松下幸之助の言葉がそれを表している。

 そして、このホメオスタシス仮説は、未だ一つの仮説にすぎないが、心理学の認知的不協和の理論とも符号し、松下幸之助が「強く願う」ことが成功の秘訣だとしている点のより科学的な説明だと考えられるのではなかろうか?

 松下幸之助は、同じく何かを願う場合でも、その願い方が強いか弱いかで結果は異なるとして、次のように述べている。「誰もが同じように成功を願っているけれども、果たして本当に自分の心の底からの強い願い、「何としてもこれを成し遂げたい」という決意にまで高まっているでしょうか。単なる一応の願いに止まっていないでしょうか。そこに結果に大きな差が生じる一つの要因があるのではないでしょうか。(成功・失敗)の大きな違いは、事の実現を願うという出発点の内にあるように思われます。

 ここで言われる「単なる一応の願い」は、上の説明で言う顕在意識のレベルの漠然とした願いであり、「自分の心の底からの強い願い」とは、潜在意識レベルの“信念”と化した願いをいうものと考えられる。このように、松下幸之助自身、この両者を明確に区別していたことがわかる。

 このように見てくると、松下幸之助の言う、自分の願いを“強く願う”ことで“強固な信念”にまで高めるということには、極めて重要な意味があると言えよう。それによって、その願いを実現するプロセスにおいて困難や障害に直面しても、自分の“信念”となった“自分の願望の実現した姿”と一致する方向に、いわば自動的に考えて行動するようになり、その結果として、願望が実現することとなるからである。

Copyright © 2016 Yuki Miyazaki All rights reserved.

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