• 宮崎 勇気

はじめに


 世の中が不況になると、パナソニック株式会社(旧社名:松下電器産業株式会社)の創業者松下幸之助氏(以下敬称略し、松下幸之助と呼ぶ)の書籍が売れる。なぜか?

 その理由は、実際に不況や困難に直面して、単にそれを克服するだけでなく、かえって大きく発展させてきたという実績とそれに裏付けられた時代を超越する普遍的な経営哲学、より具体的に言えば、人間とその本質に対する卓見とそれに基づく極めて実践的な、経営者自身や従業員など人間の本質の活かし方にある、と私は考える。それ故にこそ、世の中の数ある経営者の中で唯一“経営の神様”と呼ばれるのである。松下幸之助の経営哲学を研究すると、現代の経営において遭遇するあらゆる問題について、必ず何がしかの検討がなされ、その卓越した見解が示されていることに改めて驚くのである。その特徴は、鋭い人間観察による人間観に基づき、経営者自身だけでなく、従業員や顧客、取引先などをも含めた人間の幸せのためにその本質を最大限に活かそうとする、いわば“人間学”を核とする点にある。また、それは、単なる経営戦略や戦術という“方法論”のレベルのものではなく、より抽象度の高いレベルにおいて、経営者が事業の成功に向かうために持つべき“心の持ち方”とそこから出てくる“物の見方と考え方”を提示していることから、時代を越えて、国を越えて普遍性と不変性を持ちうる点にも、“経営の神様”と呼ばれる所以があると考える。  右肩上がりの高度経済成長期が終わり、低成長時代に入った現在、効率を極限にまで追求する20世紀型の規格大量生産型ビジネスモデルがもはや通用しなくなった。経営環境が大きく変化し、問題が複雑化してきたからである。例えば、デジタル商品のコモディティ化や付加価値の無価値化がすさまじいスピードで進む中で、どのようにして他社との差別化を図るのか、また、特に新興国における低価格のニーズにどう応えるのか、そして、グローバルに多様な顧客のニーズにいかに応えるかという新たな問題と従来から追求してきた事業活動の効率化の問題とをどのようにバランスを取るのかという問題である。一見すると相矛盾するこれらの困難な経営課題に直面し、企業はその解を容易に見出せない状況にある。

 それ故にこそ、このような現況に、もし“経営の神様”がいたならば、一体どのように考えるであろうか、そのヒントをつかみたいと人々は考えて、松下幸之助の著書を買い求めるのであろう。ただ、直接の答えがそこにあるわけではない。それ故、直接答えを求める人には、物足りないと感じるかもしれない。

 しかし、松下幸之助の提示する経営哲学とそれに基づく“物の見方と考え方”を真に自分のものとし、それを通して自分の事業と置かれた状況を捉えていくならば、そこに必ず解決に向けた何らかの“方向性”や具体的な“視点”を見出すことができるであろう。そして、そのような方向性や視点に基づいて、さらに自分の事業と置かれた状況の中で“何を為すべきか”を考えて、考えて、考え抜くことによって、“進むべき道”が見え、“打つべき手”が浮かんでくるであろう。その意味で、松下幸之助の経営哲学とは、このように経営環境が激しく変化し、混沌として先行きの不透明な転換期にある現在において、事業経営に携わる経営者に“物の見方・考え方”について、常に“正しい方向”を示す不変の羅針盤として、また、“正しい思考プロセス”に導くガイドとしてその真価を発揮する、経営者に不可欠のものとなるものと私は確信している。それは、いわば先の見えない困難な舵取りを求められる経営者のための“魔法のメガネ”であると言えよう。

 これまで松下幸之助の経営哲学として語られるところは、表面的、部分的なものが多く、その体系や全体像、あるいは概念相互の関係が見えにくかった。また、その“深堀り”が十分でないため、それを実際に活用しようとしても、そのメカニズムが必ずしも明らかでなく、その経営哲学を実践することが容易ではなかった。そのため、単なる知識で終わってしまうことも少なくなかった。そのことは、実際にパナソニック株式会社において、松下幸之助の経営理念を教えた3年間の経験から痛切に感じた。

 そこで、本書において、脳科学や遺伝学、心理学、社会心理学、神経言語プログラミング(NLP)などの現代の知見に依拠して、松下幸之助の経営哲学のこれまで必ずしも見えなかった、いわば水面下の部分をジグソーパズルの一つひとつのピースをつないで行き、その経営哲学の概念相互の関係やその全体象を浮かび上がらせるとともに、夫々の概念を深く掘り下げ、その効果とプロセス、さらにはメカニズムに迫ろうと試みた。それにより、松下幸之助の経営哲学の神髄、即ち、現代の経営において果たす機能とその活かし方を体系的に示すことに“挑戦”したものである。また、実践している経営の成功事例とはどのようなものか、また、実践できていない場合にはどのような状況となるのかなど、できる限り具体的な事例を挙げるよう心掛けた。

 松下幸之助の創業した会社、現パナソニック株式会社は、2012年度に2期連続の7500億円を超える歴史的な大赤字を出した。もし創業者である松下幸之助の経営哲学が、いつの時代にも通用する普遍的なものであるならば、創業者が逝去したとしても、このようなことは起こらないはずではないか、との疑問を持たれる読者もおられよう。この疑問に対して、どのように答えられるであろうか?もし松下幸之助が存命中であれば、このような経営の結果と状況を見て、どのように言うだろうか?

 昭和57年度の経営方針発表会において、当時経営理念が社内において希釈化し、批判すら出ていた状況について、松下幸之助は、次のように述べた。「あれほどすっぱく言うてる経営基本方針(経営理念)を、最高幹部の連中が、最近になって、理解してるのか、理解していないのか、理解していないような形において、次々と失敗を重ねてきている。やったことは、松下らしくない、松下電器のやるべきことではないということをあえてやっていると。そうして一向にそれに対して自覚をしないと、反省しないと。」「最近、経営基本方針というものを逸脱して失敗を重ねているということはきわめて顕著なものがあると。」「皆さんが自らを信じて、松下の経営の基本方針を堅持して、その精神を発揚せんことには、自らを低くすると、自らを卑しめることになると思うんです。それは同時に松下電器30万の人の活力を減退させることになります。」「もっと飛躍できるのに、それをとめているのは案外最高幹部の我々ではないかと。責任は従業員ではなくして、経営者にあると。そう感じている。」(昭和57年1月10日経営方針発表会にて)「赤字は罪悪だ」と断言した松下幸之助の信念からは、今回の2年連続の歴史的な赤字を目の前にすれば、上の言葉以上に厳しい言葉があったかもしれない。

 その後、2009年に社長に就任した津賀一宏氏の下でパナソニック株式会社は、住宅関連事業と自動車部品関連事業をコア事業として絞り込み、再生を図りつつある。真に復活再生を果たしうるかどうかについては、今後の帰趨を見る他ないが、松下幸之助の経営哲学を忘れては、真の復活、そして発展は望むべくもない。経営哲学のないパナソニックは、“普通の会社”に過ぎないからである。この機会にもう一度原点に帰って、松下幸之助の経営哲学を軸に置いて、経営を見直し、そして、再び生成発展して行くことを切に望み、いわば応援歌として、本サイトを書いている。

 なお、本文中に引用した部分で特に著者名を記していないものは、すべて松下幸之助の著作であること、また、本書に示した松下幸之助の経営哲学に関する解釈は、著者の個人的見解であって、パナソニック株式会社の公式見解ではないこと、本文中に記した企業の実例は、筆者自身の経営品質活動やリスクマネジメント活動、公認内部監査人としての活動等を通じて見聞した様々な企業の事例を踏まえたものであることを念の為お断りしておく。

©Copyright 2016.5.1 Yuki Miyazaki (宮﨑勇気)


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