21世紀に蘇る松下幸之助の経営哲学-その真髄と実践方法-

 世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、“経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?まず単に素晴らしい業績を上げただけでなく、危機や困難に直面して、それを克服するとともにかえって大きく発展させたということが挙げられます。しかし、それだけではありません。事業活動の中で遭遇した様々な人々をその卓越した観察力で観察する中で、人間の“無限の可能性”と現実の姿としての“心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、“無限の可能性”を追求する一方、“心の弱さ”を克服し、さらには、“心の弱さ”さえをも活用しようとしました。これらの双方の本質を共に活かすための具体的な方法論として、“とらわれない素直な心”を基軸として最適な“心の持ち方”を選んで行くことで“自分の心を使いこなす”ということを見い出し、自ら実践するとともに、また、それを他人に応用して、従業員や協力会社の能力を最大限に引き出すことを極めたものが、松下幸之助の経営哲学の“核心”だと考えています。“企業の経営”の本質を“人間が相寄って人間のために行う活動”であると捉え、経営者が経営を行うに際して、上に述べたような“人間の本質”に立脚し、かつ、最大限にこれを活用して、人間という側面から経営そのものを最適化(Optimization)しようとし、それに成功したところに、松下幸之助が“経営の神様”と呼ばれる所以があると言えるのではないかと考えています。松下幸之助自身、このような経営の考え方は、「人間の本質が変わらない限り、国や地域を越えて通じる(普遍)ものであり、時を越えて不変である」と述べています。

 

 中央に落ちる水滴がやがて周囲に波となって広がってゆく上の動画のように、人もその心の持ち方一つで、人生も仕事も如何様にも変わるのだと。心の持ち方がその人の物の見方や考え方を生み、そして、行動を生み、結果を生む。私たちは、つい目に見える部分にばかり目が行きがちですが、本当に大事なものは“心の持ち方”なのだということを見出したのです。この点、松下幸之助は、「人生も仕事もすべては心の持ち方次第だ」と喝破し、次のように述べています。「人間の心の持ち方というものは、自由自在融通無碍なものである。こういう考え方に立つと、困難と思うことでも逆に喜ばしいことになってくる。人生においては、心の働きによってどのようにも考えられるものがある。」このような意味で、松下幸之助の経営哲学は、単に経営の側面に止まらない、いわば“人間学の集大成”とも言えるでしょう。

 

 本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を“血肉”となるほど自分自身の“信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずと付いてくるでしょう。読者の皆様には、本サイトをお読みになって、松下幸之助の経営哲学の真髄をご理解いただきますとともに、その一部でも、経営において、また、仕事において、あるいは、人生において、実践され、その実際の効果を体験いただくことができましたならば、著者として、これ以上の幸いはございません。

 

<お知らせ>

今後、新しい記事は「内容目次」のページの内容に従い、原則として毎週金曜日正午に掲載する予定です。ご期待下さい。

また、「本ホームページ誕生の経緯や秘話、背景」「松下幸之助の経営哲学の現代の様々な問題への応用」について次の関連ブログに書いておりますので、お気軽にお読みいただければ幸いです。こちらをご覧ください。

 

                                                                                                                                        2016年5月1日 サイト所有者・著者 宮﨑 勇気

 

 

2019/12/13

松下幸之助は言います。「人間は心一つで弱くも強くもなる」「人間というものは、気分が大事な問題です。気分がくさっていると、立派な知恵、才覚をもっている人でも、それを十分に生かすことができません。しかし気分が非常にいいと、今まで何ら気づかなかったことも考えつくというように、だんだんと活動力が増してきます。そこから成功の姿、発展の姿も出てきます。それでさらに気分がよくなってくる、というわけです。こういうように、人間の心というものは妙なもので、希望がもてたり、将来性というものが考えられると、「よしやろう!」という気分になります。そうするとまたやれるものです。そこに考えもつかないような発展性が生まれたり、発明心が起こったり、あらゆる仕事の遂行にいい方針が見出される、ということにもなるのです。それに反して、気分がくさってくると、別に悲観するようなことでなくても悲観と結びついていく。だんだん気が縮んでいき、おもしろくない、仕事を捨てよう、というような気分が出てきます。著しい場合にいたっては、それを通り越して、自殺するような極端に悲観的な気分も湧いてきます。・・・そういうことを考えてみると、人間の心ほど妙なものはないと思うのです。それほど変化性が高いのです。」

2019/12/06

松下幸之助は言います。平時においては、『成功の原因をつくる』と同時に、『失敗の原因を無くしていく』。他方、「時代が急変する場合」など“緊急事態(有事)”の場合には、「手堅さ一本」ではなく、「これ(著者注:時代の急変)に応じて思い切った手も打たなければならない」とする。そして、その両者を見極めることこそ、“経営者の判断”だというのである。その判断を間違わないためには、『物事の実相』を客観的に正しく認識する必要がある。物事の実相を客観的に正しく見るためには、“私心へのとらわれ”を克服しなければならない。だからこそ、経営者の最も基本的な心構えとして松下幸之助が強調してやまない“とらわれない素直な心”がなくてはならないとするのである。

2019/11/29

松下幸之助は言います。「時と場合によっては避けるべきでない危険というものもある」「ふつうの場合は、手堅くやるというのが常道でしょう。しかし、手堅さ一本でいいかというと、それだけでは対処しきれない場合があります。時代が急変する場合には、これに応じて思い切った手も打たなければいけません。手堅くてもいい場合と、急変に遅れないよう思い切った手を打たなければいけない場合と、その限界の判定が、経営者の判断であり、決断ということでしょう。」「経営者の決断というものは、きわめて重要なものです。その決断いかんが、時には企業の存亡にかかわる~」「その時に意識転換をやらんとね。行き詰まりになる寸前に自分の気持ちを180度転換して、苦しみを楽しみに変えるということをやらにゃいかん。言ってみれば、経営者というものは、常に死を覚悟して、しかも方向転換する離れ技を心に描ける人でなければならない。まあいわば空中ブランコみたいな仕事ですよ、経営というものは・・・」「意識の転換は、実際にはそう容易なことではない。けれども、そのようにいわば行き詰まりかけた時には、一切のしがらみから抜け出て、原点にかえるというか、何が真実かということの上に立って、改めて事態、状況を眺めてみることが大切だと思う。“真実に立つ”ということは、誠に強いもので、経営者が真実に立っていれば、社員やお得意先からの信頼が、おのずと集まってくる。真実を社員に訴えたときに3ヶ月前から豹変していると批判されても、それが真実である限りは、やはり説得力がある。便宜上言っているのでは、具合が悪いし、迫力も生まれないけれども、真実にたっての言動は、やはり人の心に通じるし、そのことがまた、自分の行き詰まりを打開する上でも極めて大きな力になると思うのである。」「その場合大切なのは、やはり、真実を見るということだと思います。そしてそのためには、個人の欲をもってものを見てはいけない。なにものにもとらわれず心を空にしてものを見るという、いわゆる素直な心が必要です。名誉にとらわれたり、世間の評判にとらわれたりしない。~そういうとらわれのない素直な心になれば、ものごとの実相、真実の姿が見えてくるものだと思います。」

2019/11/22

松下幸之助は言います。「これには困った。困ったけれども、私はこの電池ランプの優秀性を100パーセント信じているだけに、こんなバカなことはない、という気持ちがつよかった。冷静に考えてみると、結局、最大の問題は、この新しい電池ランプが従来のものとちがって優秀なものだということが認識されていない、ということである。」「何人かの人を雇って、この新しい電池ランプを自転車屋さんに置いて回る」「しかも、ただ置くのではなく、ランプのスイッチを入れて点灯したまま置くこととし」「非常に危険なカケであり、冒険であり」「もしも失敗すれば、それはこの新製品だけの失敗ではなく、松下電器の経営の失敗である。ゆきづまりをきたすことは火を見るよりも明らかである。見本を配布したけれども少しも売れず、代金ももらえないとなれば、これは仕事を続けていくことはできない。店を閉めなければならなくなる。」「そして心に浮かんだことばは、『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』というものであった。危険を恐れていては“なすべきこと”もできない。自分の身の安全ということを一応度外視し、危険に敢えて立ち向かう、そうしてこそ道が開けることにもつながってくる。だからこの際は、自分は身を捨ててかかろう。そのように考えて決断したわけである。」「時と場合によっては避けるべきでない危険というものもある」

2019/11/15

松下幸之助は言います。「商売には、一面危険が伴う。それが命取りになって倒産してしまうこともあるから、普通は危険を避けて歩むことが大切だが、時と場合によっては避けるべきでない危険というものもあるのではなかろうか。」「というのは、当時の電池ランプの寿命が二、三時間であったのに比べて、この砲弾型ランプは実に三十ないし五十時間も点灯が続いたのである。ケタ違いの寿命である。まさに画期的新製品が誕生したわけである。しかも、値段の点も、ローソクのランプよりずっと安くつく計算である。これだけ優秀なランプが売れないはずはない。」

2019/11/08

松下幸之助は言います。「経営といい、商売といい、これ皆公事にして、私事にあらず、商売大切にその道を尽すは君国に忠誠をいたすと同じきなり、従って商売は常に公の心をもって行ない、いささかも私心をはさまざるようこころがくべし」「産業人たるの本分に徹し 社会生活の改善と向上を図り 世界文化の進展に寄与せんことを期す」「企業は、社会とともにある限り永遠に発展するし、そうでなくなったら、やがて衰退する。これが発展と衰退を分ける“真理”である。」「企業の目的は、・・・その事業を通じて共同生活の向上をはかることであ(る。)そういう意味で、事業経営は、本質的には私の事ではなく、公事であり、企業は社会の公器なのである。だから、たとえ個人の企業であろうと、私の立場で考えるのでなく、常に共同生活にプラスになるかマイナスになるかという観点からものを考え、判断しなければならないと思うのである。」「人間誰しも自分が大事であり、可愛いものである。そのことはごく自然な感情ではあるが、しかしそうした自分の利害とか感情にとらわれてしまうと、判断を誤ることもあるし、また力強い信念も湧いてこない。そうした自分というものを捨て去って、何が正しいかを考え、なすべきことをなしていくところに、力強い信念なり勇気が湧き起こってくると言えよう。だから、私心をすてるということは、だれにとっても必要ではあるが、特に指導者にはそれが求められる。」「共同生活の向上に貢献するという使命をもった、社会の公器として事業経営を行っている企業が、その活動から何等の成果も生み出さないということは許されない。」「仮にも自らの怠りによって、人びとの求めに応じた良品が生み出せないとか、十分なコストの合理化ができないとか、必要なだけの数量を供給できない、といったことは許されないし、あってはならないと思うのです。それほど厳しい責任が課せられていることを・・・強く自覚しなくてはならないと思います。」

2019/11/01

松下幸之助は言います。「店員が言われたとおり私に伝えたのは、日ごろ常に、私がたとえいやなことでも話してくれよと言いきかせていたからです。そうでなかったら、どうなっていたでしょう。おそらく店員は、そのようなことをおやっさんに報告したらいやな顔されるだろう。だから怒っておられたという程度にしておこうということになるでしょう。あるいはそれを番頭に相談する。すると番頭が、焼いも屋のことだけは言わないでおいたほうがいいという場合もあるのではないでしょうか。それでは主人公である私には、実際のことが分からなくなってしまいます。」「首脳者、経営者たる人がいやなことを聞いて、いやな顔をしたり、機嫌をわるくしたりするようでは、いやなことは伝わらないようになります。いやなこと、いやな話ほどみずから反省すべき点、改善すべきところを含んでいることに思いをいたすべきだと思います。」「首脳者、経営者の立場にたつ人は、いやなことは一つの転機である、物を言うチャンスを与えられたのだと考えて、喜ぶというような心持ちをつねに養っておくことが大切だと思うのです。」「そういう心配(筆者注:仕事の上での心配ごと)はそれぞれの部署の責任者が引き受けるという面ももちろんあるが、けれども最終の引き受け所は社長である自分でなくてはならない」「だから会社でも商店でも、外部に対して手を打たなければならないような情報がすぐに首脳者に伝わるような雰囲気を、絶えず内部につくっておくことが、事業なり商売を進めていく上肝要だと思うのです。」

2019/10/25

松下幸之助は言います。平常時には、各社員が「独立性をもって仕事をし、経営をしていく」ことが望ましい。それは、『自主責任経営』ということを重視するため、「会社の方針にのっとりつつ、責任をもって自主的に仕事を進めていくという姿」が好ましい。逆に「『命これに従う』ということで、いちいち上位者に指図され、いちいち上司にきいて仕事をしていたのでは、成果もあがらず、人も育たない」からだ。「うまくいかない非常に困難な場合、思案に余る場合」は異なる。「自分だけでそれを握って、自分だけで悩み、上位者に訴えない。上位者はうまくいっていると思って安心している。どうしてもいけなくなって、訴えたときにはすでに手遅れだということが実際にあると思います。」「『社長も忙しくしているし、こんなことでよけいな心配をかけてはいかん』というような善意からいってこないのだろうが、結果としてはそれこそよけいな配慮であって、かえって大きな心配をかけることになってしまうわけである。」「具合の悪いときは瞬時も早く上位者に報告して指示を仰ぐ」べきであるとし、それが「ほんとうの責任経営」だと強調する。その時点で報告さえあれば、社長の立場で「外部に対して手を打つ」ことができたのに、報告がなかったがゆえに、社長は「実際のことがわからなくなってしまい」「外部に対して手を打つ」機会を逸してしまうこととなるからだ。

2019/10/18

松下幸之助は言います。「一般の従業員の考えが社長の考慮に響いているか、くみ取られているか」ということについて、『上意下達』よりもっと大事な問題であり、その実行は必ずしも容易ではないと言い、「よほどそれに真剣に取り組まなければできないのではないかと思います。」「下意が上達するためには、責任者の立場に立つ人が、部下の考えていることを引き出すという態度をとらなければいけません。課長に何でも言える、部長に何でも言える、何等はばかることがない、そういった空気が課内に、部内に、また会社全体に醸成されてくることが肝要なのです。」

2019/10/11

松下幸之助は言います。「人の和が醸成され、衆知が生かされて行くという好ましい姿を生む一つの基盤として、上意が下達しているかどうか、下意が上達しているかどうかという事柄があると思います。社長の考えていることが少しも下に通じない。そういう会社は、概してうまくいっていないようです。また逆に、下意が全然上達していない会社は、さらによくないと思います。」「たとえば課長であれば、自分の考えなり方針が課の人々にどのように浸透しているかを知る必要があります。そして、自分の考えていることで課の人たちが非としている点があるとすれば、なぜ非としているのかということについて話しあっていく必要があると思うのです。」「そういうことをしない会社、つまり命令一つだせばすみずみまで行き渡ると考えている会社は、実際には上意は全体に行き渡っていないことが多いようです。それで、社長の思いと違った行動が随所に起こってきます。」

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