RSS Feed

松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

4.5)“日に新た”(4)“日に新た”の実践を妨げるもの①

May 25, 2018

4.自然の理法に従う 

 5)“日に新た”

 (4)“日に新た”の実践を妨げるもの ①

 

 このように事業経営において、“自然の摂理”に従い、“日に新た”を行うことを“選択する”ことによって“限りなく生成発展して行く”ことができるにも拘らず、実際の経営においては、経営環境の変化によって“経営の危機”に直面した経営者が“日に新た”を“選択する”ことは、実は必ずしも容易ではないのである。なぜか?

“日に新た”を選択し実践することを妨げるものは一体何なのであろうか?

 

 それは、“日に新た”を実践するためには、その前提として、そのような経営環境の変化という“事実”を認識するだけでなく、“その経営に与える影響”を客観的に正しく認識し、それを“経営の危機”と認識した上で、経営者自身が自らの意思によって、自分がそれまでやってきた経営を一旦“否定”し、それらを“変えて行く”ことを“決断”し、かつ、“実行”しなければならない。ところが、それらの各プロセスが様々な理由から妨げられるのである。以下二つの場合に分けて述べる。

 

 第一の場合は、経営者が経営環境の変化という事実自体を認識しない場合、あるいは、環境の変化を認識しつつも、それがもたらす経営への影響を“危機”と認識しない、あるいは、できない場合である。経営者自身が“危機”を認識しないのであるから、“自ら変わる必要性”をも認識せず、それ故、自ら変わろうとすることもなく、かかる変化に適応する機会(チャンス)を見逃してしまうのである。また、第二の場合は、経営者がかかる経営環境の変化がもたらした経営の危機を認識しつつも、自ら変わろうとしない、あるいは、変われない場合である。以下、順に述べて行く。

 

 まず第一の場合、経営者が経営環境の変化による経営の危機を“危機”と認識しない、あるいは、できない場合とは、次のような場合である。すなわち、自社を取り巻く経営環境が大きく変化しているにも拘らず、経営者がその変化しているという事実自体に気がつかないという場合、あるいは、その変化という事実には気づいていても、その変化が自社の経営に与える影響についての評価を誤り、その変化が自社の経営の危機を招くとの認識を欠き、従って、自社の経営のやり方を変える経営改革の必要性を感じないという場合である。

 

 なぜそのようなことが起こるのであろうか。

 

 これには、つぎの二つの理由があると考えられる。

 

 まず第一の理由は、私たち人間は、“情勢”に流され易く、“経営環境の変化”に翻弄されて、一喜一憂するなど“自分の感情”に流されがちであるという“人間の心の弱さ”からくるものである。

 

 例えば、経営環境が好転し、事業がうまく行くと、それを“自分の力”だと勘違いし、“有頂天”になって“驕り”“傲慢”になる。その後、経営環境が変わって、それまでの経営のやり方が環境の変化にそぐわなくなっているにも拘らず、相変わらず自己流を独善的かつ強引に貫き、結果として真に顧客の求めるところから離れて行き、失敗する。また、一時的かつ幸運な成功に“油断”している間に、不注意で品質問題を起こしたり、あるいは、他社の革新的な新製品の登場に足元をすくわれる。松下幸之助は言う。「何ごとにおいても、三べんつづけて成功したら、それはまことに危険である。人間の弱さというか、うぬぼれというか、安易感というか、つづけて三度も調子よくいったなら、どうしても自己を過信する。自分は大したものだと思うようになる。そして世間を甘く見る。そこから、取り返しのつかない過失を生み出してしまう。」(「続道をひらく」p.246)、あるいは、「うまくいっているとどうしても安易になる。十年もうまくいったら、どこかに必ずゆるみが出てくる。人間の弱いところです。」(「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」p.30)

 

 他方、経営環境が悪化して困難や障害に直面し事業がうまく行かなくなると、たちまち“意気消沈”して、当初の“志”や“意欲”を失い、“知恵”も“力”も出なくなる。“貧すれば鈍する”というわけである。松下幸之助は言う。「たとえば、恐怖を抱いたり、悲観をした上でものを考えると、心が委縮して小さくなり、出すべき知恵、出るべき創意工夫も出ないようになってしまう。」(「思うまま」p.30)

 

 このように周囲の“情勢”の変化に自分の気持ちや感情が上へ下へと流され“翻弄”されていては、“安定した力強い経営”はできない。このように情勢の変化に応じて“自分の感情”が大きく揺れるのは、自己中心的に物事を考え、“私心”にとらわれているからだ。松下幸之助は言う。「人間というものは、とかく周囲の情勢に流されやすい。治にあれば治におぼれ、乱に会えば乱に巻き込まれて自分を見失ってしまいがちである。」(「松下幸之助一日一話」p.138)「物事を見、考える際に、ともすれば感情にふり回されるというか、感情にとらわれて事をあやまることが多くなるのではないかと思います。」(「素直な心になるために」p.130)

Copyright © 2018 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

(お知らせ)関連の下記ブログも併せてご覧いただければ幸いです。

      現パナソニック株式会社の創業者である“松下幸之助の経営哲学”の現代の諸問題への応用として、最近の

      話題等をテーマにしたブログです。

      最新の記事は、「PHP研究所佐藤悌二郎氏の松下幸之助論に異論あり⑮4.衆知を集めること③」です。

 

Please reload

  • Black Facebook Icon
  • Black Twitter Icon
  • Black Pinterest Icon
  • Black Flickr Icon
  • Black Instagram Icon

Copyright © 2016 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now