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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

松下幸之助の“選んだ”物の考え方(6)失敗の原因はわれにあり③

February 10, 2017

3.人間大事の経営 

 

3)松下幸之助の“選んだ”物の見方考え方

 

(6)失敗の原因はわれにあり ③

 

 松下幸之助は、この「失敗の原因はわれにありとの考えに徹すること」は、“経営者の条件”であり、「これを欠く者は、経営者としての資格を欠く者だ」と断じている。

 

 曰く、「何か失敗したり、問題が起こったりすると、だれでもその原因をとかく外に求めがちである。だれが悪い、彼が悪い、あるいは社会が悪い、運が悪いといった具合である。しかし、実際は、ほとんどの場合失敗の原因は自分にあると思う。事前に十分な計画をたて、行う過程でも慎重な配慮を怠らなければ、たいていのことはうまくいくものである。まして指導者ともなれば、ほとんど100%その責任を自分に帰さなくてはいけないと思う。」(「指導者の条件」pp.54-55)

 

 前述の通り、経営環境の変化や経営の危機に際して、“主体性”を失い、自分の行動の結果に対する“責任”を放棄して、自ら“被害者意識”に陥り、目の前の現実とその原因を正しく見極められず、何ら解決の方向を示し対策を打つことができない者が、特に経営の危機に際して組織をリードしていくべき経営者として相応しくないことは明白であろう。経営者たる者は、少なくとも“受け身”ではなく、自ら“主体的に生きる”ことが大前提となる。

 

 つまり自らの人生や仕事について、自ら考え、主体的に行動し、その結果について“責任”を持つとともに“責任者なりとの意識”を持つことが必要である。そのような“責任者なりとの意識”を前提として、自分が思う通りにやった結果がうまくいかなかった場合には、自分自身にその原因がある、即ち「失敗の原因はわれにあり」との考えを自然と持つことができるようになるのである。

 

 換言すれば、松下幸之助が「無力な将棋の駒」と呼んだ、うまく行かない結果を他人や環境のせいにする“被害者意識”で受け身で依存的な生き方をするのか、それとも、自分にかかわることはすべて自ら考えて、決め、行動し、その結果に責任を持つというように“責任者なりとの意識”で「人生を主体的に生きる」のか、いずれの“心の持ち方”を選ぶのかという“選択の問題”である。私たち人間は、それを選ぶことができるのであり、いずれを選択するかによって、同じ出来事も“捉え方”が全く違ってくるのである。

 

 即ち、前者からは“失敗”の経験と映り、後者からは成功につながる“チャンス”であり、“学び”と“成長”の機会と見えるのである。松下幸之助は、これを“選択の問題”として明確に意識した上で、「主体的に生きる」こと、そして、自分の考えと行動に責任を持つことを選択することを経営者に対してその大前提として求めているのである。

 

 より具体的に言えば、組織のリーダーたる経営者に求められるのは、どのように困難で過酷な環境になっても、高い志を失わず、現実を冷静かつ客観的に受け止めて、現在の状況から目標実現の方向を見定め、どうすればよいか、いち早く道を切り拓いて皆を導いて行くことであろう。現実に起こってしまった出来事を“なかったこと”にすることはできないし、それを託ってみてもそこからは何も生まれないが、その現状を踏まえて、そこに積極的に働きかけ、未来をより良い方向へと変えていくことはできるからである。

 

 また、「失敗の原因はわれにあり」として“自分の身に起こったことは、すべて自分が選択して決めたことの結果である”ということを受け入れることができれば、“自分に起こる良くない出来事”も、それはすべて自分に原因がある、とすれば、自分が変われば、将来に向けて良い方向に変えて行くことができるということがわかる。

 

 「主体的に生きる」そして「失敗の原因はわれにあり」と考えることは、過去を託ち、他人を変えようと無駄なエネルギーを浪費するのではなく、自分自身を変え、それによって未来をも変えて行くことに意識とエネルギーを集中することであると言ってもよい。それは、どのような逆境にもめげずに道を切り開いていく経営者であり、さらには逆境をチャンスにも変え、大きな成功につなげて行くことのできる経営者であると言えよう。

 

 このように考えると、松下幸之助が、これを「経営者の条件」だとしたのは、誠に尤もなことであると思われる。

Copyright © 2017 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

 

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