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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

6.補論①失敗しない経営:松下幸之助とリスクマネジメント⑭5)「変化の萌しを敏感に把握して善処しなければならない」④

August 16, 2019

6.補論①失敗しない経営:松下幸之助とリスクマネジメント⑭

5)「変化の萌しを敏感に把握して善処しなければならない」④

 

 松下幸之助は、元々人間には、現実の世界全体のごくわずかな部分しか見えておらず、いわば“闇夜の提灯”のような頼りないものだと捉えていた。むしろ、人間にはわからないことの方がはるかに多く(99%と言う)、“暗中模索”の状態なのであるから、人間の小さな知恵才覚だけで経営をしてはならないと常々戒めていた。曰く、「自分で物を考え、物を決めるということは、全体から見るとごく少ない。自分一人ではどうしても視野がせまくなる。自分がわかっているのは世の中の一パーセントだけで、あとの九九パーセントはわからないと思えばいい。あとは暗中模索である。」「どんな賢人でも、その人ひとりの知恵には限りがあって、だから自分の知恵、才覚だけで事を運べば、考えがかたくなになる。視野が狭くなる。」「昨今とかく、自分を正しとするあまり、他を排するに急な傾向が見受けられるようだが、これはまさに馬の目隠しである。これでは事が小さくなる。」

 

 従って、どんなに周到にあらゆることを予測して計画を立てたつもりでも、やはり人間のすることであるから、そこには、常に“限界”がある。それは、計画の前提である事実の認識や評価、解釈、さらには、それらの事実を踏まえた施策の立案、評価、選択において、人間の認知機能上の限界が働く。松下幸之助が上で述べている通り、人間には物事の一部しか見えていないということ(“削除”)に加えて、“自分のみたいものを見たいように見て、そして、決めつける”また、“自分の考えたいものを考えたいように考えて、そして、決めつける”可能性が常にあるからだ。これまでも繰り返し述べてきた、人間の知覚と解釈における他の特徴である「歪曲」「一般化」のメカニズムである。そこに客観的な事実とは異なる“誤り”が生じる余地がある。

 

 しかも、経営環境(計画の前提たる事実)は、常に変化するものであり、計画を立てたときとそれを実行する時点とでは、往々にして変わってしまっているということがある。松下幸之助は、「この社会はあらゆる面で絶えず変化し、うつり変わっていく」(「実践経営哲学」p.102)ものであることを明確に認識していた。それ故、計画の実行段階においては、当初の計画で前提としていた経営環境がその後変化してしまった場合には、当初の計画とその実行段階の経営環境との“ズレ”が生じる。

 

 このように見てくると、むしろ人間の知覚や評価・解釈の“限界”や“誤り”、経営環境の“変化”という様々な要因から計画と現実との“ズレ”が生じることがむしろ“当たり前”なのだとの認識に立って、用意周到に作成した計画ではあっても、実行段階においては、それにとらわれず、むしろ「ニ尺ほど先を杖で確かめて歩く」こと、即ち、計画時に前提としたことの“誤り”の可能性や周囲の環境の“変化”に常に注意を払いながら、あるいは“誤り”の表れや変化の“予兆”を敏感に把握しながら、その“ズレ”に敏感に感じ取って、それに俊敏に対応していくことが重要なのである。場合によっては、当初の計画をゼロから策定し直すことすら必要となる場合もあるであろう。

 

 松下幸之助は言う。「すべて事には“萌し”がある。小さい事が大事に至る。この“萌”を敏感に把握して、善処していかなければならない。さらにいえば、匂いによって嗅ぎ分け得るほど鋭敏であってほしい。」(昭和20年1月松下電器経営方針発表会より)

 

 「ニ尺ほど先を杖で確かめて歩き(く)」つつ、大事に至る前にその“萌し”を掴むことが大切である。ここでいう“萌し”とは、経営環境の『変化の萌し』だけでなく、計画時に前提とした事実の“誤り”を示す事象をも含むものと考えられる。

 

(注)上記の「めくらさん」という言葉は、現代では、差別用語として適切ではありませんが、松下幸之助の当時の思想
   を忠実に再現するとの観点からそのまま使用していますこと、読者各位におかれましては、ご了承下さる様お願い
   いたします。

Copyright © 2019 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

(お知らせ)関連のブログも併せてご覧いただければ幸いです。今年100周年を迎える現パナソニック株式会社の創業者
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最新の記事「私たちは“仮想現実の世界”に生きている!8)松下幸之助の人間観と人間の使命=自己イメージの拡大②」

 

 

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