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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

5.2)経営観 企業は社会の公器 ⑨

January 25, 2019

5.2)経営観 企業は社会の公器 ⑨

 

 このような松下幸之助の「企業は社会の公器」という考え方は、当時ユニークな考え方であったが、最近ではそのように言われることも多くなってきている。現代社会においてもより一般的にすべての“企業は社会の公器”だと捉えることはできるのではないだろうか。

 

 例えば、株式会社は、“所有と経営の分離”という考え方の下、不特定多数の株主から資本の提供を受けて成り立っており(株主が会社の所有者)、経営者は、“経営の専門家”として、所有者である不特定多数の株主から企業とその資産を預かって、会社の事業の経営を任されているのであり、それらの不特定多数の株主に対して“受託責任”を負っている。とすれば、企業の内実は、不特定多数の、しかも変動する株主という、広い意味でいわば“世間の人々”が資本の提供者かつその所有者であり、企業の顧客もまた、“世間の人々”であり、企業は、その事業を通じて“世間の人々”に対して価値を提供し、それが“世間の人々”に受け入れられることによって、利益を上げ、“世間の人々”(株主)に適切な配当を出し、国に税金を納めて行くことを目指しているのであるから、“社会の公器”と捉えることができるであろう。

 

 しかし、現実には、これまで日本企業の経営陣は、ほとんどの“物言わぬ株主”や取引先やメインバンクなどの銀行との“株式の持ち合い”によって、事実上誰からも監視監督されることなく、自身の地位が守られる中で、自分たちの思う通りに経営をしてきたという実態と歴史がある。そして、日本における商法や会社法の改正の歴史は、このような企業の経営陣の独断専行や私物化に歯止めをかけるべく、経営者による経営を監視するために監査役の地位と権限を逐次強化してきた、その繰り返しの歴史だと言ってよい。

 

 しかしながら、企業社会の実態としては、監査役になる者の候補を選ぶのは、権限の集中している社長自身であり、取締役になれなかった社内の人間が監査役に当てられる場合が多く、そのような人たちがそもそも実験を握っている社長に対して厳しい意見や批判をすることなど到底できない。また、世界との比較で見ても、監査役会が経営者の選任と解任の権限を持たない点で、それらの権限を有するドイツ型監査役会と比べて十分ではなく、海外の投資家の理解を得にくいとも言われてきた。

 

 そこで、現在は安倍政権の下、“コーポレートガバナンスの強化”が叫ばれ、米国型の独立性を持つ社外取締役が過半数を占める取締役会による経営の監督機能を強化する方向に大きく舵が切られつつある。法律による強制ではなく、証券取引所の規則による(最終的には株主の判断となる)ソフトアプローチと言われるものであるが、その検討と制定の過程を見れば、明白な行政のイニシアティブが見て取れる。

 

 要するに、取締役会が、経営者に対して、その選任や解任などに強い権限を持ち、経営者から独立性を有する者が、中長期の経営戦略に照らして経営者の業務執行を評価監督し、その結果如何によっては、経営者を解任することができるという方向に向かいつつあるのだ。つまり、経営者も“誰か(取締役会や株主)”からその経営を見られ、評価されて、場合によっては解任されることもあるという、我が国の経営者にとっては、それまで経験したことのない、取締役会の面前にさらされるという状況に置かれることとなるため、それに抵抗を示す経営者も少なくない。しかし、このコーポレートガバナンスの改革は、従来のアプローチ、即ち、本丸を温存したまま、監査役の権限強化という外堀から攻めるというものではなく、日本の企業の本丸たる取締役会に直接メスを入れて、社外の目から経営者を監督するという画期的な改革であり、経営者が“私心”にとらわれ、社会の目から見えない自社のみの世界で絶対的な権力を振るい、独断専行して、経営の舵取りを誤ることを未然に防ぐという意味でも極めて妥当な方向である。

 

 近年の繰り返される企業の不祥事や業績の悪化を招きながら、経営者が交代しない、あるいは、内部留保をため込みながらも、新たな事業に投資しようとしない経営者がいるという現状が、諸外国の企業と比べて、著しく利益率が低いという日本企業の特徴が指摘されており(伊藤レポート)、その解決策として、このコーポレートガバナンス強化の動きに向かわせることとなっている。

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(お知らせ)関連のブログも併せてご覧いただければ幸いです。今年100周年を迎える現パナソニック株式会社の創業者
      である“松下幸之助の経営哲学”の現代の諸問題への応用として、最近の話題等をテーマにしたブログです。
      最新の記事は、

      「私たちは“仮想現実の世界”に生きている!5)歴史の書き換え:勝者が歴史をつくる⑯」です。

 

 

 

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