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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

5.2)経営観:企業は社会の公器⑮

March 8, 2019

2)経営観:企業は社会の公器 ⑮

 

 社会の公器たる企業の第三の使命は、『企業の活動の過程が社会と調和したものでなくてはならないこと』と松下幸之助は考えた。これは、第一の使命と第二の使命を果たして行くプロセスにおいて、社会と調和すること、即ち社会のルールを守ることを意味する。現在で言えば、コンプライアンス、即ち、法令や企業倫理の遵守である。

 

 戦後の歴史を見ても、また、最近のニュースを見ても、企業の不祥事は、繰り返し起こっており、なかなか無くならない。なぜなのか?一流と言われる企業が不祥事を起こしている。しかも、同じ企業が失敗を繰り返している。なぜ自社の失敗に学ばないのか?なぜ他社の失敗に学ばないのか?

 

 私自身、このコンプライアンスと34年以上取り組んできた経験から、この問題を繰り返し問うてきた。その結論を言えば、根本的な原因は、人間の“欲望”と自分の利益などにとらわれる“心の弱さ”にあると考える。とすれば、自分の利益にとらわれがちな人間自体が変わらない限り、残念ながら、今後もなくなることはないであろう。

 

 私有財産制を前提とし、いわば人々の“欲望”をエネルギー源とする自由競争原理に基づく資本主義社会の下、人類は一定の進歩を遂げてきた。自分のために頑張れば、つまり知恵と工夫で他者に勝てる良い商品やサービスを市場に出せば、その努力は市場の評価によって支持され報われて、利益を生み出し、自分の財産にすることができるのだ。だからこそ、人間は頑張れる。これに対して、私有財産制を否定し、生産手段を国有化する計画経済に基づく社会主義、共産主義は、ソ連の崩壊とともにその価値が失われた。予め計画された経済の下、いくら頑張ってももらえるものは変わらないし、財産の私有も認められないという計画経済の下では、人間は頑張る気になれないのである。仕事のレベルは下位平準化して行き、効率もどんどん落ちる。社会主義、共産主義は、このような“欲望”を持つ“人間の本質”を無視し、まるで“忠実なロボット”のように人間を捉えている点で、逆にそれをエネルギー源として活用しようとした資本主義に劣っている。現時点においては、人類にとって資本主義に代わるシステムはないと言われる。

 

 それでは、資本主義に欠点はないのだろうか?

 

 資本主義にも欠点はある。それは、“自由放任”を前提とし、エネルギー源である“人間の欲望”がどの方向へ向かうのかのコントロールは、人間、特に夫々の企業の経営者に委ねられている点である。しかし、経営者も人間であり、人間は弱いものである。欲に駆られた経営者が暴走すると、社内では誰も止められない。少なくとも社内においては、経営者以上に権威と権力を有する者はいないからである。

 

 米国で急成長した総合エネルギー企業エンロン社は、簿外債務の隠蔽や架空の利益の計上など巨額の粉飾決算が発覚し倒産した。その後も長距離通信大手のワールドコムが、粉飾決算が発覚して倒産するなど、不祥事が続いた。そこで、米国では、2002年に企業に“財務報告に関する内部統制”を義務づけるため、企業の不祥事に対する厳しい罰則を盛り込んだサーベンスオックスレー法(通称SOX法)が制定された。日本でも、同様の趣旨の金融商品取引法(日本版SOX法と呼ばれる)による財務報告に関する内部統制が企業に求められるとともに、それに加えて、判例法や会社法により、企業のコンプライアンスを含む内部統制システムを構築し、運用する義務が取締役会や取締役に求められるに至っている。

 

 しかしながら、これら『内部統制制度』の主体はあくまで経営者であって、経営者が部下に対して“内部統制”を行うというものである。つまり、経営者自身の暴走には“非力”なのであり、それが内部統制制度の限界だと言われている。

 

 それでは経営者自身の暴走はどのようにしてコントロールしうるのか?

 

 この問題は、経営者も人間であり、人間というものは“弱いもの”だということを前提として承認しなければ、正しい解決策は生まれない。従来の経済学のように“合理的な理性を持った人間”を前提とすると、不祥事を起こした経営者は、たまたま“非合理的な人間”であって、全体から見れば“例外”だとして切り捨てられてしまう。しかし、それでは、どの経営者も“人間”であるが故に自分の利益や感情などの“私心”にとらわれる危険が常にあるのだという実態からは乖離した非現実的な議論になってしまうからだ。実際、最新の企業不祥事を見ていると、もはや例外扱いすることができないほどの数が発生している。それ故、経営者も“人間”であり、人間は“弱い心”を持つ存在であることを前提として、どうあるべきかを考えることが重要である。

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(お知らせ)関連のブログも併せてご覧いただければ幸いです。今年100周年を迎える現パナソニック株式会社の創業者
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      「私たちは“仮想現実の世界”に生きている!5)歴史の書き換え:勝者が歴史をつくる22」です。

 

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