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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

3.8)人間大事の経営(まとめ)⑦

March 2, 2018

3.8)人間大事の経営(まとめ)⑦

 

 この点、欧米流の“合理的経営”の影響を強く受けている現代の日本の経営者の多くに特に欠けていると思われるのは、この事業経営における“人間”の問題である。例えば、従業員を“モノ”扱いし、固定費という“コスト”とのみみなす“合理的”経営者は、人件費は安い方がいい、また、景気が悪くなったら社員数を減らせた方がいいと安易に“コスト”という一面だけを見て、非正規社員を増やそうとする。しかしながら、松下幸之助がいみじくも述べた通り、経営者たる者は、コストなどの“目に見える部分”だけを見ていては駄目で、従業員の心や意識など“目に見えない部分”を如何にマネジメントするかということが“人間の活動”である“経営”を成功させるためには不可欠なのである。

 

 さらに、最近の“合理的”経営者は、経営に失敗したときに、自らは責任を取らず、その尻拭いをリストラによって人員と人件費を削減して済ませようとする。その姿は、沈み行く韓国の大型旅客船セウォル号に多くの高校生等の乗客を残したまま、真っ先に船から避難したイ・ジュンソク船長の姿に重なる。

 

 では、そのようなモノ扱いを受けた従業員やその周囲でそれを見ている若い従業員たちが、果たして会社の為に“経営者の意識”を持って、“相手(顧客)の立場に立って”、その“役に立つ”ことを情熱を以って考え抜くことができるだろうか?

 

 そんなことは、到底できないであろう。彼らは、“人間”なのである。そのような経営者としての“自覚”と“責任感”のない経営者は、従業員の心に計り知れない致命的な打撃を与えていることにすら気づいていないであろう。“モノ”として扱われた社員や周りでそれを見ていた社員たちは、“会社への忠誠心”を失い、“仕事への誇り”や“やる気”を失い、“気分”がくさって、必要最小限の仕事しかしなくなる。彼らは、会社にとって、文字通り限りなく“モノ”に近づいて行くのだ。そして、会社としては残ってほしい、優秀な若手ほど先を競って他社に転職し出て行く。これでは、いくら表面上人件費を削減できたとしても、人の集合体としての会社という組織の力は、限りなく弱体化してしまう。

 

 さらに、マクロで見れば、非正規社員の増加は、結婚しない、できない、子供を作れない若者を増やし、かつて“一億総中間層”と言われ、日本企業の競争力となり、また、日本市場での購買力の原動力となった中間層を壊滅状態にしてしまい、デフレの長いトンネルから抜け出すために現在最も重要な“内需拡大”を大きく阻害する要因ともなっている。

 

 これに対して、“自発的動機”から情熱を以って嬉々として働く社員は、自らに投資して能力を開発しようとするし、自身の担当する仕事だけでなく、経営に対しても積極的な関心を持って、具体的な改善・改革提案をするであろう。松下幸之助の強調した“衆知を集めた全員経営”という場合に前提とする社員は、そのような社員たちである。モノ扱いされ、やる気の無くした社員たちの衆知をいくら集めても意味はない。松下幸之助の指摘した“人間の心の変化性(伸縮性)”とそれによる“気分”の違いが仕事への取組み姿勢や能力の発揮、仕事の成果に天と地ほどの違いを生むことをこれらの経営者は知らなければならない。

 

 人員を削る前に、「失敗の原因はわれにあり」と松下幸之助が戒めたように、うまく行かなかった経営の失敗の原因は、すべて自分自身にあるということを自覚し、その責任を負う覚悟がなければならない。自分にある失敗の原因を冷静に分析し、本来の問題に抜本的な手を打たなければならない。人員整理は、企業自体が生き延びるための最終的な手段であり、そこに手をつけざるをえないときには、自ら責任を取ることが大前提であろう。自身が経営の意思決定を行い、従業員たちはそれに従ったまでである。事業の失敗を理由に自身の決定に従ったに過ぎない従業員を切るのであれば、その失敗の原因を作った自身の責任を放置することはできないはずである。経営者は、“為すべきこと”を為さず、安易にリストラという“麻薬”の如き一時的な手段に逃げてはならない。ましてや、本質的な問題の抜本的な解決を放置したまま、そのような安易なリストラを繰り返す経営者は、“麻薬中毒患者”と何ら変わらない。麻薬の使用を繰り返すことで、企業自身の体力・精神力を極度にすり減らしてしまっていることに気づかなければならない。松下幸之助の言う通り、「経営に行き詰まるのは、行き詰まるような考え方をしているからである。」

 

 さらに言えば、今後情報化社会の中でさらにIT化が進み、情報が溢れる中、企業間競争は、それらの情報を如何に整理し、結びつけて事業戦略に本当に使える“知恵”を生み出して行くかの勝負となりつつある。そのような中で事業経営において最も大切なことは、社員一人ひとりが“事業を通じて社会に貢献する”との明確な目的意識と“経営者の意識”を持って、自律的に“相手(顧客)の立場”に立って情報を集め、“人々の役に立つ”ためにどうすべきか、また、事業として成り立つよう“収支を立てる”ためにどうすべきかを自ら考え、行動して行くこと、そして、具体的に改革や改善を提案して行くこと、それらの“やる気”に満ちた自律的な社員の“衆知を集めた全員経営”を経営者が実現できるかどうかということであり、これからは、そのような自律的な社員の実践的な知恵の集合が“企業の競争力”を決定して行くこととなるものと考える。そのためには、どうすれば社員が生き生きと自律的に働けるかということ、即ち“社員満足”ということが、経営者の取り組むべき経営課題のひとつとならなければならない。その意味で、先に述べた正規社員を減らして非正規社員を増やすとか、リストラにより人員を削減するという近時の経営者の判断は、全く逆の方向に行ってしまっていたと言わざるをえない。

 

 現在“非正規社員の正規社員化”という逆流現象が起こっているのは、少子化の影響で、人の採用の面でも“売り手市場”となりつつあるということもあるが、他方で“社員をモノ扱いすること”の“弊害”に企業がようやく気付いて、既に始まりつつある“知恵の時代”に向けて社員を大切に育てて行こうとする意思の現れであると考える。

 

 すべての経営者は、経営が「人間が相寄って人間のために行う活動」であることを想起し、“人間大事の経営”に立ち返らなければならない。結局、事業活動により得られる富や利益を自分だけで独占して、取引先や従業員と分かち合おうとしない“独善的な経営”はうまく行かないのである。また、“人間”をモノとして扱うような“合理的な経営”も、その経営を担う従業員が、“人間”である以上、決してうまくは行かない。

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