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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

3.8)人間大事の経営(まとめ)②

January 26, 2018

3.8)人間大事の経営(まとめ)②

 

 以下にその松下幸之助の“人間大事の経営”を要約する。

 

 まず、松下幸之助は、“人間の本質”として、人間には“無限の可能性”があること、ただ、その一方で、“人間の現実の姿”としては、“心の弱さ”が現れていることに気づいた。そこで、その“心の弱さ”を克服して“無限の可能性”を発揮するためにはどうすればよいかと考えた。そもそも人間が本来持っている“無限の可能性”を十分に発揮できず、“現実の姿”として現れている人間の“心の弱さ”はどこからくるかと考えると、例えば、それは“我執”、つまり“自分の利害や感情などの私心へのとらわれ”によるものだというのが、事業に失敗した多くの経営者を観察してきた結果であった。

 

 “私心へのとらわれ”が、自身の事業や経営環境などの現実の姿をありのままに見ることを阻害し、その“私心へのとらわれ”を軸として、それに合致する情報だけを“選択”して認知し(“焦点効果”)、それ以外を“削除”する、また、それに都合のいいように“色メガネ”“歪めて(歪曲)”認識し、また、評価・解釈する、そして、決めつける(“一般化”)からだということに気づいた。

 

 そこで、自分自身が執着し、掴んで離さないために逆にそれに拘束され、振り回されている“心の軸”、即ち“私心”を手放し、それから解放されて自由になることが大切であり、そのためには“とらわれない素直な心”を持つことが最も大切であることに気づいたのである。それ故、この“とらわれない素直な心”こそが、“経営者の最も基本的な心構え”だと位置づけた。さらに、それを軸として、特定の“私心”に拘束されない“中立的な状態”を確保した上で、事業を経営する経営者として最も相応しい“心の持ち方”“選択”し、自身の“強固な信念”とするというように、“自分の心を使いこなす”ことによって、“最高の気分”を生み出し、人間の“無限の可能性”(潜在能力)を最大限に引き出して、最高の成果を挙げることができると考えたのである。

 

 では、どのような“心の持ち方”が良いと考えたのであろうか?

 

 松下幸之助の考えた究極の目標は、人間が幸せになるための理想郷“物心ともに豊かな人間社会”を250年かけて建設すること(「250年計画」と呼ばれる)であった。松下幸之助は、“宇宙や自然、社会は限りなく生成発展して行くものだ”という生涯持ち続けた自身の価値観(“生成発展の原理”)を基礎として、事業を捉えた。曰く、「すべての事業を“生成発展”という心の窓を通してながめ、かつ、考えることは、私の人生観の中軸であり、我が社経営の根本理念の一つである。」(社史資料巻頭言より)その生成発展を実現して行く担い手は、私たち“人間”であり、それを実現していくことが人間に与えられた“使命”なのだ、そのために人間には“無限の可能性”が与えられていると考えた。“事業の経営”は、“人間”“その使命を達成するための手段”であり、それ故、“事業の目的”は、“事業を通じて社会の発展に貢献すること”であり、“事業は社会の発展の原動力とならねばならない”、そして、“利益”は、その“結果として”企業に与えられるもの(利益そのものが目標ではない)であり、その企業が如何に社会に貢献したかという社会貢献の度合いを示すバロメーターだと考えた。それ故“企業”“社会の公器”であって、“経営”“商売”“私事”にあらず、“公事”であって、常に“公の心”で行わなければならない、それ故、いささかも“私心”をはさんではならないと考えたのである。

 

 このような事業を“世の為人の為”に行うということは、単なる“きれい事”ではない。この点、誤解の多いところであるが、それが“商売の本質”でもあり、実際の効果を伴うものだからである。社会の発展をリードするような商品を開発、製造し、適正な価格で販売していけば、世の中の人々は、必ず支持してくれる、つまり、商品を買ってくれるから、事業は必ず成功する。松下幸之助は言う。「およそ商売というものの正しい姿は、社会の求める道をひたすら考え、人々の身になってその要望を満たすところにあります。」

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(お知らせ)関連の下記ブログも併せてご覧いただければ幸いです。

    “松下幸之助の経営哲学”の現代の諸問題への応用として、最近の話題等をテーマにしたブログです。     
    http://ameblo.jp/minamoto305yori-konosuke/

    最新の記事は、「成功する企業から学ぶ~時代を超えて不変かつ普遍の松下幸之助の経営哲学~38(5)“衆知 
               を集めた全員経営”③-IBM/グーグル(Google)」

 

 

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