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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

5)組織の力(5)“目に見えない要因”に対処する③

July 7, 2017

5)組織の力を最大限に発揮させる

 

(5)“目に見えない要因”に対処する③

 

 二番目は「経営者や指導者の考え方や姿勢」の重要性である。野球やサッカー等のスポーツの世界でも、監督が変わるだけで、同じチームとは思えない、見違えるような素晴らしいチームに生まれ変わるということを私たちは、何度も見聞きしてきた。その秘密は、どこにあるのか?

 

 まず勝てないチームは、監督の方針や考え方にメンバーが「正しい」と納得していないため、モチベーションも上がらず、あるいは、自分勝手な個人プレーに走り、チームが相互不信からバラバラとなり、力が分散して、監督の考える戦略に対してメンバーの心からの協力が得られず、チグハグとなって正しく実行することができず、それ故、功を奏しないということが多い。

 

 これに対して、勝てるチーム、優勝するチームは、監督が、そもそも何のためにやるのかという“目的”とどのようにやるのかという“戦略”を明示し、それが「正しい」ものと全員が納得して、“共鳴”し、この監督の下で“やりたい”という強い“内発的動機”からモチベーションが最高に高まっている、さらに、監督の戦略の下、各メンバーが、自分の果たすべき“役割”を自ら考え、夫々がその実力を100%、あるいはそれ以上に発揮するとともに、相互に“信頼”し合い、足らざるをお互いに補い合って組織が“一枚岩”になって力が結集されている場合と言える。

 

 そして、まさに組織をそのような状態に持って行くことこそが、リーダーに求められる役割だと言えよう。即ち、“正しい方向”を示し、その方向に向けて組織の“目標”を明示し、各部署及び個人の役割分担を明確にし、メンバーを鼓舞して、その“意欲”を高め、その個性と潜在能力を十分に発揮させるとともに、組織を“一枚岩”にしていくことで、各部署と個々のメンバーの知恵と力をその方向に向けて結集させていくことである。

 

 では、どうすれば、組織のメンバーはリーダーの言うことに従い、ついてくるのだろうか?

 

 まずは、「この人の言うことは正しいと思う」「この人を信じてやってみよう」と各メンバーが信じることが必要である。そのためには、リーダーが、自分の考えと引っ張って行こうとする方向が実際に正しいものであるだけでなく、その正しさをメンバーに十分に説明し、納得させなければならない。

 

 しかし、それだけでは実は不十分だと松下幸之助は言う。口で言うだけではなく、それを“自ら率先垂範すること”、つまり、自分の考えを自ら先頭に立って、鬼気迫るほどの真剣さで実践して見せるという“経営者自身の姿勢”がなければならないと言うのである。メンバーは、そのようなリーダーの背中を見て、初めて心から感銘を受け、“自分もやらねばならない”と決意するのである。松下幸之助自身、実際に自ら経営理念を実践するとともに、仕事に没頭する姿を社員に示した。この点、松下幸之助は、「頭がまわらなければ尾もまわらない」という昔の日本の言葉を引き合いに出して、次のように述べている。曰く、「私は、経営者が百人なら百人の人を緊張させて、大いに成果を上げようと思えば、その人の活動が、端の人がみて「気の毒な」と思うくらいにならないといけないと思う。「うちのおやじ、もう一生懸命にやっとる。気の毒や。」という感じが起これば、全部が一致団結して働くだろう。けれどもそうでない限りは、経営者の活動の程度に応じてみな働くだろうと思う。人間というものはそんなものである。」(「松下幸之助一日一話」p.206)

 

 このように“背中で教える”ためには、リーダーは有言実行、自ら言ったことを自ら徹底して実行してみせること、そして、言行一致、言っていることとやっていることが一致し、矛盾のないことが、最低限必要である。口ではいいことを言いながら、実際には、行動しないとか、それと矛盾するようなことを自分がやっていては、メンバーの信頼は決して得られない。部下は白けてしまい、ついてこない。メンバーは常にリーダーを見ているからだ。わからないようにやっているつもりでも、下からは、丸見えなのだ。リーダーには、そのような自覚が不可欠である。この点松下幸之助は、「社長には、社員みんなの注目が集まっているのです。そのことを一刻も忘れず・・・」(「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」pp.91-92)と述べている。

 

 社員たちは、経営者を見て、経営者の出す方針のいわば“本気度”を常に測っている。経営者が、口でいくらりっぱな方針や戦略を語っても、それがスタッフによって作成されたものである場合など、自分自身が本気でそう思っていない場合は、経営者の姿勢や態度、身振り、顔の表情、無意識に出る言葉、非言語的な声質などを通じて、社員に伝わるものである。非言語コミュニケーションと言われるものである。「非言語的な信号の伝達とその信号の読み取りの・・・多くは、機械的であって、意識的な認識や統制の外でおこなわれており、人間は、非言語的な合図を通じて、自分自身や自分の心の状態に関する大量の情報を、知らず知らずのうちに人に伝えている。」(「知らず知らず」レナード・ムロディナウ著p.158)それらが、口から出た言葉をトーンダウンさせている場合には、それに合わせて社員の活動も低レベルのものになってしまうというのだ。

 

 誤解を恐れずに言えば、経営者の口から出る“言葉”とは必ずしも関係なく、経営者の“心の持ち方”が、そのまま“社員の心構えややる気、心持ち”を通して“経営の現実の姿”として映し出されるものなのである。例えば、製品の品質を本心では重要と考えていない経営者は、“できる人”を品質部門に配置することはないであろう。そうなると、品質部門の仕事のレベルが下がり、その結果、その発言力も弱まってくる。そして、優秀な人材が多く送り込まれている技術部門や営業部門が言うことを聞かなくなる。また、平時には経営会議のテーマにもならないであろう。遂には、品質部門の仕事は、統計を取り報告することに終始することにもなりかねない。そのような場合には、会社としての品質向上の取り組みもそれなりのレベルのものにしかならない。

 

 人間は、自分の心に描いたこと以上のことはできない。組織の心は、経営者の心である。それ故、経営者が心に描いた以上のことは、通常その組織にはできないのである。その意味で、経営者は現実の経営の姿を“自分の心の鏡”として、そこに現れた“自分の心のあり様”を常に振り返り、“自己反省”しなければならない。特に、経営トップは“孤独”であり、経営トップに対して、“忠告”してくれる人はほとんどいないからである。否定的な情報は上がって来にくいというのが通常である。それ故、自ら省みることが、特に経営者には必要なのである。この点、経営者がその方針を自ら“率先垂範”するという松下幸之助の姿勢は、経営者自身の本当の“心”を示すものであり、自ら発信した方針と自らの行動の一致した、いわゆる“言行一致”した姿を社員の誰にもわかるように、明々白々に示すものである。

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