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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

5)組織の力(5)“目に見えない要因”に対処する②

July 7, 2017

5)組織の力を最大限に発揮させる

 

(5)“目に見えない要因”に対処する②

 

 松下幸之助の言う経営を進めるに際して考えておかなければならない「目に見えない要因」とは一体何であろうか?

 

 松下幸之助は、この「目に見えない要因」として、「会社の経営理念や経営哲学」「経営者や指導者の考え方や姿勢」「社員の人たちの心構えとかやる気、心持ち」の三つを挙げている。(「経営秘伝」江口克彦著pp.98-99)これらは、“経営における人間的側面”、つまり、“経営者自身をも含む事業活動の担い手である人間たちの心のあり方の問題”であるとも言い換えることができる。それでは、これらは経営に対してどのような影響を与えるのであろうか?以下順に見ていきたい。

 

 まず「会社の経営理念や経営哲学」である。“自己中心的”な考え方に陥り易く、“私心”にとらわれ易い人間の“私的欲望”は、経営者の経営判断の誤りに直結するだけでなく、経営幹部間の確執や派閥争い、足の引っ張り合いなどを生み、また、各部署のレベルでは、他部門への協力よりも自部門の目標達成を優先して、“部分最適”を生む。さらに、従業員のレベルでも、会社が掲げる目標への“非協力”を生み、目指す方向と力の“分散”を生み、従業員は“烏合の衆”以下となる。つまり、1+1が2にも満たないということが起こるのである。

 

 これに対して、「会社の経営理念や経営哲学」は、何のために事業を行うのかという企業の事業目的を定めることで、企業という組織とそのメンバーの“活動の方向(ベクトル)”を決めるとともに、その方向に向かって中長期や短期の具体的な“目標”を設定することにより、組織内にその目標の実現に向けて“団結”と“協力”を生み、その活動を“集中”させ、最大限に“効率化”させるという機能を有する。

 

 ただ、それが“誤った方向”を示すものであれば、企業を“破綻”に導く、しかも“誤った方向”に“効率的に”行き着くことにもなりかねない。かつて、ライブドアという会社の堀江貴文社長は、「自社の資産価値を世界一にする」との理念を掲げて、当時の法律の抜け穴を悪用し、業績を好調に見せかけては株式分割を行い、株価を不当に吊り上げるということを繰り返した。そして、2004年になって、遂に法律の一線を越え、本来は赤字の決算を業務の発注を装って架空の売上を計上するなどし、有価証券報告書の虚偽記載等を犯し、証券取引法違反で起訴されて、2年6か月の実刑判決を受けた。

 

 松下幸之助は、経営理念は“正しいもの”でなければならないとして、次のように述べている。曰く、「だから経営にあたっては、単なる利害であるとか、事業の拡張とかいったことだけを考えていたのではいけない。やはり根底に正しい経営理念がなくてはならない。」(「実践経営哲学」pp.12)

 

 では、「正しい経営理念」とはどのようなものであろうか?

この点、松下幸之助は、次のように述べている。曰く、「その経営理念というものは、何が正しいかという、一つの人生観、社会観、世界観に深く根ざしたものでなくてはならないだろう。そういうところから生まれてくるものであってこそ、真に正しい経営理念たり得るのである。」(「実践経営哲学」pp.12-13)そして、「人間の本質なり、社会の理法、自然の摂理に照らして何が正しいかということに立脚した経営理念を持ち、それに基礎を置いて、時々刻々の経営を行っていくことがきわめて大切だと考えるのである。」(「実践経営哲学」pp.13-14一部改)

 

 松下幸之助は、宇宙・自然・社会は限りなく生成発展していくものだとの“生成発展の原理”に基づき、人間社会を発展させていくのが“人間の使命”(目的)であり、その目的達成の“手段”が“社会の公器”たる“企業”と捉えた。従って、「社会とともにある」「社会の発展の原動力となる」など“人間社会の発展”を目指す“公的欲望”に基づく経営理念こそが「正しい経営理念」だと考えたのである。

 

 そのような“正しい経営理念”である限り、企業が進むべき“正しい方向”を示す“経営の羅針盤”となるものであり、かつ、経営環境の変化する判断の難しい局面において、経営者だけでなく社員をも“正しい思考プロセス”と“正しい(経営)判断”に導くフレームワークとしても機能する。

 

 また、“目指す方向”と“目標”を組織のメンバーが心から共有することにより、組織全体に“共通の基盤”を構築し、“目指す方向”と“目標”の実現に向けた活動に対する組織のメンバーの理解や協力を得やすくなるだけでなく、メンバー間や部署間の“対立”も生じにくくなる。仮にメンバー間又は部署間に“対立”が生じても、その“共通の基盤”たる“目指す方向”と“目標”に立ち返ることによって、目の前の“対立”を“目指す方向”と“目標”を実現するための過程に現れた、双方に“共通の課題”に転換することができるので、後は双方が知恵を出し合ってその共通の課題を解決して行くというプロセスを取ることが可能となるのである。その結果、各部署や各メンバーの方向がバラバラになって組織の力が分散することを防ぎ、“正しい方向”に向けた“団結”と“協力”を生み、そこから組織全体としての“力”と“知恵”が生まれるのである。

 

 このような“正しい経営理念”の機能・効果について、松下幸之助は、次のように述べている。曰く、「正しい経営理念があってこそ、企業の健全な発展もあるといえる。刻々に変化する社会情勢の中で、次々と起こってくるいろいろな問題にあやまりなく適正に対処していく上で基本のよりどころとなるのは、その企業の経営理念である。また、大勢の従業員を擁して、その心と力を合わせた力強い活動を生み出していく基盤となるのも、やはり経営理念である。」(「実践経営哲学」pp.12)

 

 さらには、経営理念に含意される“公的欲望”が、人間の“利他的な本質”を目覚めさせ、組織のメンバー一人ひとりの潜在能力を最大限に発揮させることをも可能にするのである。人間は、自分の為に頑張るよりも、人の為に頑張る場合の方がはるかに力を発揮するものである。実際、母が自分の子供を助けるために、普通では考えられないような重たいものを持ち上げてしまうという“火事場の馬鹿力”を発揮した例のあることはよく知られたところである。

 

 この点、松下幸之助は、次のように述べている。曰く、「私に儲けるものであれば弱いのです。公に儲けるのだから非常に強いものがそこに生まれてきます。・・・公の立場で考えられるから、そこに非常に強いものがあると思います。」(「社員稼業」pp.92-93)「そうした自分というものを捨て去って、何が正しいかを考え、なすべきことをなしていくところに、力強い信念なり勇気が湧き起こってくるといえよう。」(「指導者の条件」p.77)

Copyright © 2017 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

 

 

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