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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

人を使いこなす(1)“物をつくる前に人をつくる”①

February 24, 2017

3.人間大事の経営

 

4)人を使いこなす

 

(1)“物をつくる前に人をつくる”①

 

 松下幸之助が、創業したばかりの頃は、資金も設備も不十分で、人材についても、大学出の優秀な人材はとても集まらなかった。それ故、後に振り返って「できることと言えば、人を育てることくらいだった」と述べている。そして、まだ会社が小さい頃、「得意先から『君のところは何をつくっているのか』とたずねられたら、『松下電器は人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのです。』と答えなさい。」とよく言ったものだと述べている。突拍子もない言葉のように聞こえるが、そこにある考え方は、次のようなものである。「事業は人にあり、人をまず養成しなければならない。人間として成長しない人を持つ企業は成功するものではない。」ことを痛感し、「いい製品をつくることが会社の使命ではあるけれども、そのためにはそれにふさわしい人をつくらなければならない。そういう人ができてくれば、おのずといい物もできるようになってくる~」(「実践経営哲学」p78)と考えるようになったのである。

 

 そして、「経営には何よりも人を大切に考え、その育成のためには、あらゆる努力を傾注し、~よき人材の育成をはかることに心掛けねばならない。よき人材が育てば、よき経営が生まれ、事業は限りなく発展・繁栄するものである。」(「人事の基本方針」より)との考え方に昇華して行った。そのようにして人材育成に注力したことが、後に結果として、日立や東芝などの当時の東京の大企業の大学出の優秀な社員に引けを取らない人材が育つこととなり、取引先をして、「松下さんの社員は、皆社長と同じことを言いよる。」「まるで“金太郎飴”や。」と良い意味で言わしめたのである。そうして育った人材が、後に事業部制導入した際に事業部長となれる人材となり、事業の成功と拡大に結びついて行った。

 

 また、若いころの体験から、人の協力を得られなければ、自分一人では何もできないということも強く感じていた。それ故、「経営の組織とか手法とかももちろん大切であるが、それを生かすのはやはり人である。どんなに完備した組織をつくり、新しい手法を導入してみても、それを生かす人を得なければ、成果もあがらず、したがって企業の使命も果たしていくことができない。企業が社会に貢献しつつ、みずからも隆々と発展していけるかどうかは、一にかかって人にあるともいえる。」と述べている。(「実践経営哲学」p77)

 

 この点、最近の例を挙げれば、経営破綻した日本航空をわずか2年で過去最高の営業利益2049億円(2012年3月期)を叩き出し、みごとに再生させた名誉会長の稲盛和夫氏は、次のように述べている。「会社経営というのは、トップの一握りの人たちがいくら頑張ってみたって、うまく行くもんじゃない。一番大事なことは、全従業員の心をどう掴むか、掴んで全従業員の協力が得られるかどうかということにかかっていると思います。」(テレビ番組「カンブリア宮殿」出演時の発言より)

 

 松下幸之助の“人をつくる”考え方には、前提として、その独自の人間観がある。曰く、「人を使う立場の人は、人間とはどういうものか、ある程度その本質をつかんでおく必要がある。私自身は人間というものは、本質的に万物の王者といってもいい、無限の可能性を内に秘めた偉大な存在だと考えている。それ故にこそ人を厳しくきたえ、育てることが大切なのである。」(「人事万華鏡」より)このように“宇宙や社会の生成発展を実現していくこと”“使命”として与えられた人間には、“無限の可能性”“偉大な本質”が与えられており、人は誰もが磨けば光る夫々の“持ち味”を持っていると考えたのだ。このような人間観を自分の“信念”とし、それに基づいて人を育てたのである。

 

 例えば、松下幸之助は、人の“短所”よりも、努めて“長所”を多く見ようとした。これも、この人間観を踏まえて“より明るいものの見方を選ぶ”ということを実践した事例でもあった。人の短所ばかり見ていては、“不安”や“心配”が先に立って、思い切って人を使うことができないが、“長所”を見るようにすると、思い切って人を使うことができると言う。曰く、「人間というものには、誰にも、長所と短所がある。そういう様々な長所と短所を持つ人を使って仕事をしていく場合、努めてそれぞれの人の長所を見ていくことが大事だと思う。長所を見れば、“彼はなかなか立派な男だ”ということになって、かなり大胆にその人を使うことができる。また、その人も、自分の長所を認めてもらえれば嬉しいから、張り切って仕事をする。いきおい、仕事の成果も上がり、その人も育つ。ところが、短所に目が行くと、“この男はこの点がダメ、あの男はここがもう一つ・・・”ということになるから、なかなか思い切った起用ができない。またそう見られた方も、何となく面白くないし、萎縮してしまって、十分な成長ができなくなる。」

 

 ​「勿論大勢の人間がいれば、あまり好ましくないという人もあるだろう。しかしそれに一喜一憂せず人間の実態というものをあるがままに認め、人の長所、持ち味を生かすことに努力することが大切である。」(「人事万華鏡」より)「君は、今の上司は仕事はできるが、人格的に欠点が多いので立派な人に替えてくれと言う。~仕事と人格はあくまで別や。人間誰しも欠点はある。だから、あの男にはこういうええところもあると見なくてはいけない。君は、その欠点だけ気を取られているから、ええとこが見えんのや。」これは、相手の長所に意識をフォーカスすることで、“焦点化”により、相手の長所の情報を集めるとともに、その人の短所に関する情報を意図的に“削除”していたのだ。“削除”の逆活用の例とも言える。松下幸之助は、“長所”と“短所”は、別々のものではなく、一体であり、コインの表と裏のようなものだと考えた。従って、“長所”を伸ばして行けば、“短所”は自然と目立たなくなってくるという副次的な効果も生まれる。

 

 とはいえ、人間には感情があるから、短所ではなく、長所を見るということはときに容易ではない場合がある。曰く、「人間というものは不思議なもので、一度虫が好かないと思い込むと、たとえその相手が優れた点を持った人物であっても、そのことをなかなか素直に承認できない。ついついその人の欠点ばかり探し出してきて、やはりあいつはダメだ、と思い込みたくなる。そんな一面が人間にはある。経営者たるものは、よほど自戒しなくてはならないと思う。いやしくも経営者たるものは、私情にかられてはいけない。個人的な感情、好き嫌いで人を使ってはいけない。仕事はできるけれどもあいつは虫が好かん、というようなことではいけない。やはり、公明正大を貫き、人の長所を見ていき、その仕事に役立つ人かどうかで見なければいけない。」

Copyright © 2017 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

 

 

 

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