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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

4)人を使いこなす(3)“人間への愛”にもとづく経営④

April 21, 2017

4)人を使いこなす

 

(3)“人間への愛”にもとづく経営 ④

 

 しかし、このような取り扱いには、極めて問題が多い。まず、“増大する人件費”と“人件費の削減”という誰にも分かり易い問題と手っ取り早く手の打てる対策に経営者が飛び付いてしまっているところに大きな問題がある。そのことに問題が“集約”されてしまい、また、実際に人件費が削減され、財務的に改善されることで“安心”してしまう結果、それ以外のより重要で本質的な本来の経営課題が“覆い隠され”て、手が打たれずに“放置”されてしまうからだ。このような経営者の安直な“逃げ”の対応は、後により大きな影響を経営に与えることとなる。

 

 そもそも“高い人件費という問題”が、いかにも経営成績が悪いことの“原因”であるかのように扱われ、その対策として、“早期希望退職の募集”が行われるのであるが、考えてみれば、“人件費が増えて行くこと”は、給与体系を設計したときから、人員とともに予測ができた問題であり、そのような設計をしたことの“結果”であって、業績悪化の“原因”ではないはずである。要は、それだけの人件費をかけても、それ以上の経営成果を上げることができれば、何ら問題はないのである。つまり、経営成績が悪いことには、高い人件費を取る高齢の社員の責任ではなく、他にもっと原因があるはずであり、そこに根本的なメスを入れない限り、問題は解決しない。例えば、経営者の経営戦略の失敗という場合がそれである。この場合に、その本質的な問題を“放置”して、その“尻拭い”のために、高齢の社員を“犠牲”にして、このような安易かつ非人道的な手段に走ることは、経営者として、あるまじきことと言う他ない。

 

 また、企業の業績が悪化して、人の問題にも手をつけざるをえない状況のありうることは、否定できないとしても、それはあくまで“最後の手段”であるべきであって、他の選択しうるあらゆる対策を打ってもなお、会社としての存続が危ういというような“万策の尽きた極限の状況”に限るべきである。そのような状況に至る前に、打てる手はすべて打つべきである。例えば、財務体質を改善するために、人件費以外にも削るべき費用がないかを徹底的に検証すべきであり、もしあるとすれば、それらの削減を先に行うべきである。また、これらの高齢者は、それなりの経験とノウハウを有しているのであるから、それらを会社としてどのように活用することができるのかという問題を検討するべきである。

 

 にも拘らず、そのような安直な手段に安易に手を出し、自身の経営の失策を覆い隠そうとする経営者は、自分の抱える問題から“逃避”して“麻薬”に手を出す者と同様、根本的な原因に手を打っていない以上、その後にまた経営に失敗する恐れが大であり、そうなったときにも、また“麻薬”に頼らざるをえなくなる。つまり、事実上強制的な“早期退職募集”を繰り返す結果となるのである。

 

 また、万一この最後の手段を採らざるをえないとしても、そのやり方は考慮すべき点がある。一律“年齢”でばっさり切って高齢者に“しわ寄せ”をするというやり方は、極めて安易で乱暴な措置と言わざるをえない。もし米国でそのようなことを行えば、まず間違いなく、“年齢による差別”として、次々に訴訟が提起されることとなるであろう。

 

 さらに、そのような経営者の安直な対応の弊害は、直接の対象となった高齢の社員だけでなく、そのような会社の仕打ちを横で見せつけられた中堅や若手の社員たちに対しても負の影響として及ぶ。つまり、彼ら若手社員も、“いずれは我が身も”との“恐怖”と“不安”にかられて、優秀な社員ほど、早目に“転職活動”を始めることとなる。そのような中堅社員や若手社員が、それ以降、“会社のために”懸命に働くことはない。米国において、転職が当たり前になったのは、実は、それほど昔からというわけではなく、会社が社員に対して、簡単に解雇するようになってから以降の現象だと言われている。

 

 このように見てくると、確かに表面的には人件費の高い、高齢者を“一掃”することで、表面的には、人件費を削減できたとしても、先に述べた、隠され積み残された課題の放置や残された社員への悪影響ということを考えれば、目に見えないが、その弊害は計り知れないものである。

Copyright © 2017 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

 

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