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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

(2)商人なりとの観念:② “相手の立場に立って考える”①

November 3, 2017

(2)「商人なりとの観念を忘れず」:

   ②“相手の立場に立って考える” ①

 

(お詫び:手違いにより、第二と第三の意味が逆の順序となっています。)

 

 第二の意味は、“相手の立場に立って考える”ことである。これが意外にできていないことが多い。“できていない場合”として、3つの場合がある。

 

 第一に、そもそもそんなことは考えたこともないという場合である。実際に、1980年代の“作れば売れた時代”には、顧客のニーズはあまり問題とならず、競合する他社の仕様との比較から、他社に“勝つ”仕様かどうかという観点のみから、いわば正面の顧客を見ずに横のライバルだけを見て決められたこともあった。

 

 また、第二に、やらなければならないとわかっていても、できないという場合も多い。“自分の立場”から、離れられないからである。即ち、“自我”(自分の利害や感情)にとらわれて、相手の立場に立つことができず、結局自分の得になること、好きなこと、楽しいことを優先してしまうのである。

 

 そして、第三に、“相手の立場に立って考える”ことの必要性を理解し、実践していると自分では思っていても、実際にはできていないという場合もある。それは、立ち位置が“自分”にあるからである。つまり、“自分の立場”に立ったままで、自分独自の“色”や“歪み”の付いたフィルターを通して、顧客やそのニーズを見ているため、“自分の都合”の悪い情報は”削除”されて見えず、また、仮に見えても“自分の都合”のいいように“歪曲”されて、決めつけられ(“一般化”され)ており、”本当に顧客の求めること”とは異なってしまっているからである。

 

 例えば、(i) 個人のレベルで、予め自分がどうしてもやりたいことがあるという場合や(ii) 会社のレベルで自社の持つ技術をどう活かすか、それでできるものは何かという視点から商品を開発しようとする場合、あるいは、(iii) ものづくりの面において効率性を重視して、つくりやすいものをつくろうとする場合である。これらの場合には、自分(たち)のやりたいことが先に決まっており、そのような枠とフィルターを通して顧客のニーズを見ているから、枠外の情報は削除され、自分の都合のいい情報だけを選んで見ることとなる。また、見えた情報も、自分の都合のいいように歪めて解釈し(歪曲)、顧客やそのニーズを自分の都合のいいように決めつける(一般化)こととなってしまっている場合が多い。

 

 上の(ii)の例について言えば、“自社が現在有する技術”にとらわれると、視野が狭くなり、“現在の自社の技術でつくれるものは何か”という枠内においてのみ発想し、物を考えるため、焦点化効果により、それ以外のものが“削除”されてしまい、“真に顧客の求めるもの”が見えなくなってしまうのだ。その結果、その範囲を越えるものをつくることは初めから“できない”と決めつけて、“その範囲内でできるもの”をつくろうとしがちである。

 

 しかし、“顧客が真に求めるもの”は、“その時点で自社の持つ技術”だけでつくれるとは限らない。それ故、現在自社の持つ技術という点は、一旦脇に置いて、白紙から“顧客の立場に立”って“顧客の求めるもの”を捉えなければならない。“顧客が真に求めるもの”が見えたならば、次のステップにおいて、“できる限り現在の自社の技術を活かす”ということを考えるべきなのである。

 

 先のステップは、何を作るのかという目的の決定のプロセスであり、後のステップは、その決定された目的をどのような方法で作るのかという手段の決定のプロセスである。これら二つのステップを同時にやろうとするから、おかしくなる。現在たまたま保有しているに過ぎない“自社の技術”という手段に縛られ、視野狭窄に陥ってしまう。その結果、“顧客が真に求めるもの”が見えなくなるか、仮に見えたとしても現在保有している手段に過ぎない“自社の技術”では“できない”と“決めつけ”(一般化)て、“可能性”を自ら潰してしまうこととなりかねない。

 

 しかし、ステップを分けて“とらわれない素直な心”で冷静に考えれば、“目標実現のために現在自社に足りない技術”は、それが直ちに目標の設定に際して“可能性を否定する致命的な障害(ボトルネック)”となるものと考えるべきではなく、目標の実現の過程において、その足らざる部分を如何に補完するべきかという“解決すべき課題”の一つと捉えて、別途それを粛々と解決して行けばよいということに気づくであろう。即ち、必要な技術については、自社で新たに開発するか、あるいは、他社から技術ライセンスを受けるか、M&Aによってその技術を持つ企業を買収するという方法もある。

Copyright © 2017 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

 

 

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