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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

松下幸之助の物の見方 (4)“より明るい物の見方を選んでいく” ③

January 6, 2017

3.人間大事の経営 

 

3)松下幸之助の“選んだ”物の見方考え方

 

(4)“より明るい物の見方を選んでいく” ③
 

 もう一つの問題は、“より明るい物の見方”の存在に気づいたとしても、それを実際に採ることが容易ではないということである。

 

 それは、例えば自己中心的な考え方が信念となっており、自分の利害や感情等へのとらわれがある場合である。感情の力は強い。論理と感情がぶつかれば、感情が勝つ。頭では理屈としてわかっていても、感情の強烈な力に引っ張られてしまうのだ。また、過去の失敗体験やトラウマなどにとらわれて、“否定的な物の見方や考え方”が“習慣”となっている場合である。それはいわば潜在意識のレベルにあるプログラムであり、外部からの刺激に対して、自動的に否定的な物の見方や考え方が生み出されてくる。従って、例えば、人から“明るい物の見方”もあると助言されて、そのような見方もあるということが頭では分かったとしても、それに納得してそれを選ぶということは難しいであろう。

 

 では、松下幸之助は、なぜ“より明るい物の考え方”を選ぶことができたのであろうか?そして、私たちはどうすれば、同じようにすることができるのであろうか?


 第一に、そのいつもの習慣化した“否定的な考え”から自動的に選んでいる選択肢を“効果”の面から冷静に考えて、如何にそれが馬鹿げた結果を生み出すかということを改めて認識すること、そして、“そのような馬鹿げた結果につながるようなその選択肢を二度と選ばない”ということを固く“決意する”ことである。そして、それを自分の信念とすることである。いわば、“消去法”である。

 

 この点に関して、松下幸之助は次のように述べている。曰く、「困難に直面したときに、それをどう考え、処置するかで、飛躍か後退か決まる。不安を抱き、心配したり、誰が悪いと憤慨しも、そこからは何も生まれない。心も萎縮し、知恵も出てき難い。」

 

 松下幸之助は、「不安」や「心配」あるいは「憤慨」という感情に流されても、その行き着く先は、自分の全く望まない、自分自身にとって最悪の結果であるということに気づいた。その結果として、そのような選択肢は決して採らないという“強い決意”が生まれたのである。この点に、松下幸之助の経営哲学の底辺に流れる際立った特徴、即ち、単なる“理想論”だけではなく、“実際上の効果”を重視する極めて“実践的な考え方とアプローチ”という特徴が表れていると言えよう。

 

 第二に、後述の“生成発展の原理”という価値観を“信念”として持つことである。松下幸之助は、宇宙や自然、社会は、すべて限りない生成発展に向かっているのだということを自然から学び、それを心から信じることで自身の“信念”とした。そして、そのような“生成発展”という“心の窓”(=フレーム)を通して目の前の現象を見れば、どんなに悪い状況であっても、それは将来“生成発展に向かうプロセスの一部”なのだと“肯定的かつ積極的に捉える”ことができたのである。神経言語プログラミングで言うところの、目の前の現象の意味づけを“肯定的かつ積極的なもの”に変換する“内容のリフレーミング”である。松下幸之助はその技術を自身の体験から学んだのである。

 

 曰く、「不景気も、病気も、失敗も、死も、生成発展の姿や。何が起こっても、生成発展の一こまやと思うたら、恐れるものはありませんわ。」(名和太郎著 「松下幸之助経営の真髄を語る」p.54)そして、松下幸之助は、その後生涯このような物の見方を自分のものとしたのである。曰く、「生成発展という理法が、この宇宙と自然、社会に働いている。その中で我々は事業経営を行っている。」「すべての事業を“生成発展”という心の窓を通してながめかつ考えていくことは、私の人生観の中軸であり、我が社経営の根本理念の一つである。“日に新た”に進むという我が社の方針とも一致するのである。」(「社史資料巻頭言」より)

 

 第三に、「この世の中に存在するものでムダなものは一つもない」との考えから、「万物の本質を活かす」という考え方を採ることである。松下幸之助は、“人間の排泄物”ですら肥料として役立つし、泥棒や悪人がいないと実に味気ない世の中になると言い、「バイ菌でも、われわれがまだその使い方を知らないのであって、存在価値がないとはいえないと思うのです。」と述べる。(「わが経営を語る」pp.228-229)

 

 “この世に無駄なものはない”というフレームワークを“目の前の現象や状況”に当てはめて見てみる。そして、「目の前のこの困難な状況が自社の将来の事業の成功に“役に立つ”とすれば、どのような点であろうか?」と自身に問いかけてみる。すると、それまでは“盲点”となって見えなかった領域に初めて意識が向けられ、いわばアンテナが立つ。その結果、その目の前の困難な状況も“将来の生成発展した結果”つまり“成功”へのプロセスにおける“課題”であり、その課題を解決することによって将来の成功を手繰り寄せることにつながる、成功に向かう“転機”となるものだと捉えることができる。そうすれば、その困難を活かす方法が浮かび上がってくるのである。これもリフレーミングの一種と言えよう。

Copyright © 2017 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

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