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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

3)松下幸之助の物の考え方(3)必ず成功すると考えること ②

December 2, 2016

3.人間大事の経営 

 

3)松下幸之助の“選んだ”物の見方考え方

 

(3)必ず成功すると考えること ②

 

 第三に、途中で困難や障害に直面したときに、ゴールを見失わないようにさせるとともに、困難や障害に積極的な意義を与えて、それらに打ち勝つ力を生み出すという意義がある。

 

 即ち、「必ず成功すると考える」ことが“信念”のレベルに到達していれば、最終的に成功するということは、“将来の事実”として確定しているから、それを信じて疑わないという心の状態が形成されており、そこには“不安”や“恐れ”、“疑い”の余地はない。そのような心の状態が確立されていれば、万一途中で失敗や障害に直面しても、そこで意気消沈して挫けたり、諦めたりすることなく、将来必ず実現する成功に一直線に向かっていくことができる、その結果、ゴールを達成することができる可能性が最大限に高まるのである。

 

 松下幸之助が尊敬する米国の自動車王ヘンリー・フォードは、「一直線に目標だけを見なさい。障害が目に入らないように・・・障害が恐ろしいものに見えるのは、目標から目を離すからだ。」と述べている。確信をもって「必ず成功すると考える」ことが「一直線に目標だけを見(る)」ことを可能にする。

 

 さらに、最終的に“必ず成功する”という結果に“確信”が持てるのであれば、そのような“将来の成功”という事実を“固定”して、そこから翻って“現在”を見るということができる。そうすると、目の前の困難や障害も、“成功へのプロセスの一部”であり、むしろそれらを乗り越えることによって成功に大きく近づくことができる“発展への契機”であると積極的に捉え直すことができる。“歪曲”のメカニズムを逆活用したリフレーミングである。

 

 この点、松下幸之助は、次のように述べている。「過去の歴史が雄弁に物語っているものは、だいだい、非常に困難な情勢に直面したときに、その国の人なり、その団体なりが、その困難の実態をはっきり自覚認識して、これを何とか除去して本らの姿に戻そう、さらに発展の姿に戻そうと決意をして、その決意に基づいて懸命な努力をしたならば、偉大な発展を遂げている・・・松下電器の過去においては、困難に直面したときに、必ず何ものかを生み出してきているのです。・・・この考え方に立てば、かつてない難局であれば、それは同時にかつてない発展の基礎になるということを感得することができるわけで・・・」(「わが経営を語る」pp.87-89)

 

 第四に、「必ず成功すると考える」ことにより、事業に成功したときや失敗したときに、私たち人間がその“心の弱さ”から陥りやすい“落とし穴”に落ちることを防ぎ、正しい方向に導くフレームとして機能するという実践的意義がある。

 

 まず事業で失敗したときにその原因をどう考えるかということについては、様々な見方がありうる。

 

 例えば、前述のように“勝敗は時の運”と考えれば、うまく行かなかったときは、“運が悪かった”ということで終わってしまい、そこで、何らかの手が打たれることはない。

 

 また、うまく行かなかったときに、その原因を外に求め、“他人”や“環境”のせいにして、自分を“被害者”として守ろうとすることも多い。この場合には、自分自身にその原因があったとしても、それに関する情報は、“削除”されて、“盲点”となって認識されず、そこに手が打たれることはない。

 

 上のいずれの場合も、本当は自分自身の中にある失敗の原因に“焦点”が当たらず、原因が“放置”されて、次に同じような状況に遭遇したときには、同じ失敗を繰り返すこととなる。

 

 これに対して、「必ず成功すると考える」、さらに「経営というものは、正しい考え、正しいやり方をもってすれば必ず発展していくもの」だと考えるならば、“成功するのが当たり前”であり、うまく行かなかったときは、その失敗の原因は、自分の“考え”や“やり方”が正しくなかったということ以外にはありえないこととなる。

 

 ここから、後述する「失敗の原因はわれにあり」という考え方に自然と行き着くのである。そして、この考え方に立って、“われ”に焦点を当てて、その失敗を見直せば、“焦点化効果”により、関連する情報が集まってきて、そこで初めて“自分自身にある原因”に気がつく。それにより、その失敗から学んで、自分にある原因に手を打っていくことができ、次に同じ状況に遭遇したときには、成功につなげることができる。松下幸之助は、「物事がうまくいった時は“これは運がよかったのだ”と考え、うまくいかなかった時は“その原因は自分にある”と考えるようにしてきた。」(「実践経営哲学」pp.55-56)という。

 

 それでは、事業で成功した場合はどうであろうか?この場合に企業の陥りがちな落とし穴は、“驕り”であり、“油断”である。前者については、“驕る平家は久しからず”、後者については“油断大敵”と昔から言われるように、企業経営の世界においても、多くの失敗事例が示すところである。

 

例えば、1990年代の米国で衰退する企業の4つの特徴の一つとして挙げられたのは、“傲慢”即ち“驕り”であった。しかし、「必ず成功すると考えること」という信念を持てば、うまく行ったときにも、それは“当然のこと”であって、何も特別なことではないと捉えることとなり、「自分の力でやったのだ」と“過信”して“驕”ったり、「これでもう安心だ」と“油断”して、失敗するということを防ぐことができるのである。

Copyright © 2016 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

 

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