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松下幸之助の経営哲学-その真髄の理解と実践のために-

世の中に優れた経営者と言われる人は多くいますが、”経営の神様”と言われたのは、松下幸之助だけです。なぜでしょうか?それは、卓越した観察力で様々な人々を観察する中で、人間の”無限の可能性”と現実の姿としての”心の弱さ”という相矛盾する本質を発見し、そして、それらの双方の本質を共に活かそうとして、”自分の心を使いこなす”こと、また、それを応用して他人を使うことを極めたからだと言えるのではないでしょうか。つまり、松下幸之助の経営哲学は、”人間学の集大成”とも言えるものです。

本サイトでは、これまで必ずしも十分に解明されなかった松下幸之助の経営哲学の機能とメカニズムを現代の神経科学や脳科学、心理学、神経言語プログラミングなどの知見にもとづいて解明し、その全体像を明らかにして体系化したものです。これまで松下幸之助の経営哲学は知識として頭で理解することはできても、本当の意味で実践することは必ずしも容易ではありませんでした。しかし、本サイトが解明したその経営哲学を”血肉”となるほど自分自身の”信念”とすることができれば、その経営に、また、人生に自然と実践することができるようになるでしょう。そうすれば、結果は自ずとついてくるものだと言えましょう。                                    

 

                           2016年5月1日 著者 宮﨑 勇気                 

(6)快楽苦痛の原則を克服し、さらに逆に活用する ①

September 30, 2016

3.人間大事の経営

 

2)人間の本質を活かす-「すべては心の持ち方次第」「自分の心を使いこなす」

 

(6)快楽苦痛の原則を克服し、さらに逆に活用する ①

 

 人間の脳には、楽しいことや愉快なことを求める一方、辛いことや苦しいことを避けようとする特徴がある。快楽苦痛の原則と呼ばれるものである。要するに、人間というものは、“荊の道”よりも“易き道”を選び、面白おかしく生きようとするものだということである。松下幸之助は、「人間は易きにつきやすい。ああしなければと頭ではわかっていながら、自分が可愛いから、つい甘やかし、適当なところでお茶を濁しておきたくなる」と言い、自分が可愛いから辛いことを避けようとするのだという。

 

 また、この原則には、もう一つの意味がある。つまり、人間の脳は、“快”につながるような思考や行動を取るときや大きな“痛み”を避けるために思考し、行動を取るときに、最大限働くというものである。

 

 そして、松下幸之助は、このような人間の脳の特徴である“快楽・苦痛の原則”による弊害を克服させるだけでなく、さらに、この原則を逆に使いこなして、この“人間の本質”を活かしたのである。以下に詳述する。


 まず“快”の原則の弊害の克服である。

 

 事業を“自己実現”の場だと考えている人がいる。そのような人は、事業を通じて自己を表現し、人々に認めてもらいたいと考える。しかし、事業というものは、自分の好きなことや楽しいことを独り善がりでやっていても、“事業”としてうまく行かない場合が多い。顧客の視点が欠落しているからだ。事業は、“顧客”という相手のあるものであり、その顧客の求めるものを商品という形にして提供することで、その支持を得ることができなければ、事業として成り立たないのは当然である。

 

 また、例えば、企業の中でも、技術者には、自己実現願望の強い人がいる。そういう人は、自分の能力を世の中に示すために技術的には素晴らしい商品を開発する。ところが、それは必ずしも顧客の求めるものではなく、全く売れないという場合がある。

 

 この点、松下幸之助は、後述する「お客様大事の心」に徹し、「人々の役に立つ」商品をつくることが“商売の本質”であるというフレームを提示することによって、事業として、また、商売として“正しい方向”に導いた。即ち、あくまで「人々の役に立つ」ために、その方向に向かって、自分の能力を発揮し、知恵と工夫で、自分が楽しいことや愉快なことをする、あるいは、させるのである。これによって、“快”の原則のいわば“弊害”を矯正するのである。

 

 この点について、有名な逸話がある。ある技術者が新しく開発した商品を説明するために松下幸之助のところにやって来て、その商品の難しさを滔々と説明した。それを黙って聞いていた松下幸之助は、その技術者に一言次のように訊ねた。曰く、「君、それを使うとお客さんは喜ぶんか?」聞かれた技術者は、予想外の質問にただ黙り込んでしまい、一言も答えられなかった。どんなに素晴らしい機能を持った商品であっても、顧客が喜ばなければ何の意味もない、という原点に返らせる一言である。

 

 次に“快”の原則の活用である。

 

 松下幸之助は、部下を導くに際して、相手にとって“快”となるアプローチと“苦”となるアプローチがあるとすれば、常に“快”となるアプローチを採った。一般的には、私たちは、欠点を指摘して直させる、部下にとっては“苦”となるアプローチを取りがちである。できる上司ほど、部下の欠点が見えるから、つい指摘してしまう。この点、松下幸之助は、人の“短所”よりも“長所”を見て、人それぞれの“持ち味”を見出し、それぞれの持ち味を活かして“適材適所”に人を使ったのである。これは、人間には、誰にも“偉大な本質”“無限の可能性”があり、人それぞれに必ず“持ち味”があるとの“人間観”に基づくものである。

 

 人間は、短所を指摘されると、それがたとえ正しくとも、いい気はしないし、“苦痛”である。それを直すことはさらに“苦痛”を伴う。それ故、その正しい指摘もなかなか受け入れないし、直そうともしない。その結果、そのままやり続けて、同じ失敗をし、また叱られるという“悪循環”となる。

 

 ところが、人間は、“長所”を褒めてもらうと、嬉しくなる。“愉快”である。それ故、益々そこに力を入れて努力するから、“長所”はさらに伸び、成果も上がり、益々褒められるという“好循環”となると言うのである。

 

このように松下幸之助の人に対するアプローチは、“人情の機微”を押さえ、“快楽苦痛の原則”という人間の脳の特徴を踏まえた、実に的確なものであった。

 

「鳴かずんば、殺してしまえホトトギス」「鳴かずんば、鳴かせてみせようホトトギス」「鳴かずんば、鳴くまで待とうホトトギス」というそれぞれ織田信長、豊臣秀吉と徳川家康の人柄を表した有名な句がある。これについて、松下幸之助は、次のように述べている。曰く、「3人ともホトトギスが鳴くということを期待している。つまり、鳴くということにこだわっていると思う。私は、何ごとも何かにこだわっていたらうまくいかないと思っている。だから、私はどういう態度で臨むかというと“鳴かずんばそれもまたよしホトトギス”といったところだ。」このホトトギスの本質は、鳴かないことにあると看破した松下幸之助は、その本質を変えようとするのではなく、どうすればその本質を活かすことができるかということを考えて、その本質が生きる環境を探し、それを用意してやることで、それが本質を活かして活躍できるようにしようと考えるのである。

 

本質を変えられることは、本人にとっては“苦痛”である。苦痛を避けようとするのが人間であった。とすれば、変えようとされると、それに抵抗することになる。逆に本質を肯定され、それを活かされることは、本人にとっては“快”である。楽しいから、益々自分から進んでやる。

 

このように、松下幸之助は「世の中に無駄なものはない。役に立たない人はいない」と考え、あらゆる人間が持つその人特有の“持ち味”をあるがままに活かそうとしたのだ。これが“人を使う”ための秘訣であったと言えよう。

Copyright © 2016 Yuki Miyazaki  All rights reserved.

 

 

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